2018年10月-この人のセニョ〜ム 砂澤嘉代 さん

ハヤトゥール マルディア さん
アイヌにルーツを持つからこそマレーシアや
先住民族の人から学んだことを伝えたい

1967年6月13日生まれ。A型。北海道出身。北海道、旧樺太(サハリン)に暮らしていた先住民・アイヌにルーツをもつ。2003年よりマレーシアのNGO団体「コマス」から派生した、マレーシア国内外の人権問題の発信を行うドキュメンタリー映画祭「フリーダム フィルム フェスティバル(FFN)」の運営に携わっている。また大のコーヒー好きで、年に数回はバリのコーヒー農園に足を運ぶほど。

砂澤さんは東京のIT企業に就職したのち、20代半に曾祖母・クラさんが他界したことをきっかけに北海道に戻ることを決意。それから約8年間、市役所にてアイヌ生活相談員を務め続けた。クラさんは砂澤さんが生活相談員を務めるきっかけにもなったそうで、アイヌとしての伝統を守りながら生活し、本も執筆したほどの人物だったという。
「小さい頃から曾祖母に育てられていたので、アイヌであることに抵抗もありませんでした。ただ、実際アイヌの人々はアイヌというだけで差別されることも少なくありません。だから10代のとき、一度だけこの先アイヌとして生きていっていいのか、そのための覚悟はあるのかと考えた時期もありました」と砂澤さん。 生活相談員を務めた頃は老若男女問わず、一人ひとりに寄り添い、声を聴き続けたという。
1999年にマレーシアで開かれた先住民族会議でアイヌとして参加。そこでマレー半島の山岳地帯に暮らす先住民オラン・アスリの人々と出会った。「初めてオラン・アスリの人々に会ったとき、自分たちのライフスタイルやアイデンティティを守り、自信をもっている姿が輝いて見えたんです。でもその時英語を話せないこともあり、じゃあもう一度会って英語でしっかりと話したいと思って」と当時を振り返る。そして34歳の時にニュージーランドへ単身で渡り英語を学び、2003年に再来馬。オラン・アスリの人々と再会し、現在も関りをもち続けているという。ここまで砂澤さんが先住民族の人々との関係を大切にしているのは、自身が先住民・アイヌとして、彼らと何かできることはないかと考えているからだそう。
そしてマレーシア人と結婚。2003年より映画祭 の運営に携わりながらアイヌについて発信する活動も行っている。例えばマレーシアをはじめとし、アジアにアイヌの仲間を招待したり、一度絶版になった曾祖母・クラさんが執筆した本『ク スクップ オルシペ(私の一代の話)』の再販に向けた作業をするなど。
今後は、マレーシアやオラン・アスリの人々について発信していきたいという砂澤さん。「今も見た目の違いなどから、悩みを抱えてしまうアイヌの人々も少なくありません。でも、それぞれが違いを楽しみ、自身のオリジナリティを大切にすることをマレーシアや先住民の人々から学びました。それを発信していけたらうれしいです」と笑顔で話してくれた。

砂澤さんはホームメイドのチーズケーキや、バリ島の農園よりフェアトレードで仕入れたピーベリーのコーヒーの販売も行っている。購入はWhat’s Appより可能

01-3399 5077(日本語) FB: Coffee5Cups

2018/09/28 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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