2018年11月-この人のセニョ〜ム リム·カーワイさん

リム·カーワイさん
世界を漂流、ひたすら映画のことだけを考える
無国籍映画監督、その名も「シネマ·ドリフター」

1973年7月28日生まれ。A型。クアラルンプール出身。98年、大阪大学電気工学科を卒業。東京の通信企業で6年間勤めたのち脱サラ。映画監督を目指し北京電影学院へ入学。世界を放浪しながら映画製作に励み、2009年、北京で撮影した『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』で監督デビュー。バルカン半島に暮らす人々を描いた最新作『どこでもない、ここしかない』が、11月3日より池袋シネマ・ロサにて公開。

「自分は落ちこぼれなんです」。その言葉とは裏腹に、屈託のない笑みを浮かべるリム監督。その目には、確かな自信と情熱が満ちていた。
中華系高校を卒業後、目標がもてない自分にジレンマを抱いていた。1年ほどぶらぶらしながら、当時流行していた村上春樹や、漫画『シティハンター』を読むうちに日本への興味が湧いたのだ。親に負担をかけず、アルバイトをしながら勉強ができることも、日本に決めた理由だった。
幼い頃から無類の映画好き。ハリウッドや香港映画が主流のマレーシアとは違い、日本では多くのインディペンデント映画が上映されており、その世界にのめり込んでいった。大学卒業後、エンジニアとして東京の通信企業に就職するも、人との関わりがないこの仕事は退屈でしかなかった。唯一の楽しみは映画鑑賞。年間300~400本、劇場へ足を運んだという。もはや映画のために働いているようなもの。淡々と仕事をこなし、永住権を取ると同時に退職した。
30歳。「一度きりの人生、やりたいことをやる!」。映画監督を志し、中国へ渡った。北京電影学院に入学するもわずか半年で中退。理屈ばかりで実践的ではない授業に見切りをつけたのだ。撮影現場で監督や演出家としての技術を培う日々。生活費を抑えるため、あえて定住はせず世界を放浪。所持金の底が尽きると日本でアルバイト、再び映画製作と放浪生活へ戻る。このボーダレスな暮らしから、無国籍映画監督、その名も「シネマ・ドリフター」が誕生したのだ。
2009年、北京で撮影した『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』での監督デビューを皮切りに、アジア各国、様々な言語が飛び交う「無国籍三部作」を公開。今年9月、JFKL主催の日本映画祭では、この三部作のうち大阪を舞台にした「新世界の夜明け」、「恋するミナミ」の2本が上映され、連日満員の高評価を得た。ようやく故郷に錦を飾ったのだ。
「安定した職を捨て、定住しない生活。やっぱり『落ちこぼれ』でしょ?」と、リム監督。が、こんなにも芯が強くてバイタリティのある「落ちこぼれ」は世界のどこを探してもいないだろう。フィクションにも関わらずリアリティ溢れる演者のセリフや演技には、実際に見聞きしたことや体験が反映されている。リム監督の人生そのものが映画なのだ。
「大阪はアジア。人情がある」。混沌と、決して華やかではない大阪の町を拠点に、リム監督の映画人生は続く。

2018/10/29 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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