2018年2月-この人のセニョ〜ム ぜんじろうさん

ぜんじろう さん
世界を舞台にマイク一つで渡り歩く“異端児”
「つたなくても、自分を信じてネタをぶつける」

1968年、兵庫県姫路市生まれ。87年に漫才師、タレント、司会者の上岡龍太郎氏に弟子入り、その後吉本興業所属となる。97年から活動の場を海外に移し英語でのスタンダップコメディーやロボットと行う漫才など先鋭的な分野を切り開く。98年「L.A.Comedy Store Stand Up Competition」第2位およびモストユニーク賞。2015年「タイ国際コメディフェスティバル」優勝。16年「全米サクラメントコメディ大会」第4位。

昨年12月、KL・モントキアラで行われた「ワールドお笑いツアー! 爆笑! コメディディナーショー」出演のために来馬したお笑いタレントのぜんじろうさん。日本を拠点に世界中のショーやツアーを回っています。マレーシアに来たのは同年3月に行われた公演に続き2回目。本番前の貴重な時間をいただいて、インタビューに応じてくれました。
「ぼくは会社(吉本興業)では完全な異端児、中国のウイグル自治区のような存在です。やろうとしているのは、今まで日本の芸人がやってなかったこと。つまり、外国で英語やその他の言語を使ってコメディーをして、現地の人と笑いをつくっていくという、新しいビジネスモデルの開拓です」。
20歳でお笑いの世界に入り、わずか数年後にはテレビのレギュラー番組を何本も抱え全国区の人気を博したぜんじろうさん。しかし、日本のいわゆる「芸能ムラ」になじむことができず、行き詰まりを感じるようになったといいます。
「徐々に仕事が減っていって、自分でも失敗しているのが分かりました。そして日本では一度失敗するとやり直すことが許されない。でも、エネルギーはあり余っていた。だったら海外に出てみようと、単身米国に渡ることにしたんです」。
飛び込んだのは、米国が発祥といわれるスタンダップコメディーの舞台。何もないステージにマイク1本で立ち、時に政治や宗教などきわどい話題に切り込みながら観客を笑わせるという、日本人がやるにはハードルが高いとされるもの。
「外国の人に笑ってもらうのに大切なのは、その国の文化的な背景を共有すること。さらに日本の漫才と違うのは一度ステージに立ったら社会的立場なんて関係ない、大臣だろうがホームレスだろうが、その人の話を最後まで聞くのがルールです。だからつたない英語でも自分を信じて、恐れずにネタを『ぶつけて』いくしかない。面白ければ喝采を浴びるし、つまらなければブーイングの嵐、実はこの文化が日本にはない。グローバル化が進むなか、ぼくはこういった個の力がものをいう局面がますます増えていくんじゃないかと思うんです」。
現在、活動の8割までが海外だというぜんじろうさん。マレーシアにはどのような印象をもっているのでしょうか。
「マレーシアは英語が通じるし、地理的にアジアの真ん中。日本人社会もあるので今後の拠点の一つになるかもしれません。マレーシアのコメディアンを日本に呼んだり、一緒に世界ツアーを回るなんていうこともできるかもしれませんね」。

2018/01/24 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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