2018年7月-この人のセニョ〜ム 山田さなえ さん

山田さなえ さん
マレーシアの自然にインスピレーションを受けて
こどものころの「絵が好きな気持ち」を取り戻す

1972年、愛媛県宇和島市生まれ。ヌグリスンビラン州在住。画家、イラストレーター、アクセサリー作家。96年京都市立芸術大学美術科卒業。厨房機器メーカー勤務などを経て2001年にマレーシア人男性と結婚。03年に来馬。14年「アートエキスポマレーシアプラス」出展。今年3月には自身初となるマレーシアでの個展「インスピレーション・フローム・マレーシア・トロピカル・プランツ」を開催。

今年3月、KLのザ・リファイナリー・アート・ギャラリーで開いた個展で、マレーシアの自然を鮮やかな色彩とやさしいタッチで描いた絵が好評だった山田さなえさん。本誌連載「自然のはなし」のイラストレーターとしても活動中。これまでの経歴とともに自身と絵とのかかわりについて語ってもらった。
「小学生のころから絵を描くのが好きでした。一日中ずっと絵を描いていられる漫画家になりたいと親に言ったら、『ひと握りの人にしかなれないのだから普通の仕事をしなさい』と反対されました。それでも気持ちは変わらず、高校生になってから美術教師になるという“親を安心させる目標"を立てて説得して美大に通わせてもらったんです」。
大学卒業後は大阪のレストランやアートギャラリーで働きながら、自身の個展を開くなど創作活動も行っていた。しかし、世はバブル経済崩壊を経て不景気の時代に突入していた。ベテランの画家や作家たちの作品が売れなくなりギャラリー運営もどんどん厳しくなっていくのを見て、「私はこの世界でやっていくのは無理だ」と志を断念。知人のつてで厨房機器メーカーでイラスト・デザインの仕事を始めた。
「その会社で出会ったマレーシア人と結婚して翌年には長男を出産、さらに翌年にマレーシアに移住。06年には長女も生まれ、マレーシアでの日々の仕事と子育てに追われるように過ごすなかで、自分の絵を描くことは忘れていました」。
以前のような情熱で再び絵を描きたいと思うようになったなったのは生活が落ち着いたここ4、5年のことだという。
「10代後半や20代の時と違うのは、上手く描きたいとか、人がどう評価するか気にしなくなったこと。自分が感動したことを素直に描けば、どこかで誰かが喜んでくれると考えるようになった。今描きたいのは、田舎の生活で身近に見られる花や果物、植物たち。多種多様なランをはじめマンゴーやバナナ、道ばたに生えている草花にも、漫然と見たり写真を撮るだけでは気付かない力強さや面白さが隠れている。彼らとじっくり“対話"して描き出していくのが楽しくて仕方ないんです」。
現在の心境を「昔諦めた大事なものが、時間をかけて自分のもとに帰ってきた感じ」と話すさなえさん。「大切なのは気長に待つこと。人生のふとしたきっかけでチャンスは何度か巡ってくるから」と、軽やかな笑顔を見せてくれた。

2018/06/25 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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