2019年1月-この人のセニョ〜ム 古澤直久 さん

古澤直久 さん
世界を駆け巡る音楽家
日本人初のMPO専任指揮者としても活躍

1973年、東京生まれ。O型。マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団(MPO)の専任指揮者兼コントラバス奏者。4歳でヴァイオリンを始める。12歳、玉川学園中学部のオーケストラ部に入部しコントラバスに魅了される。プロを志し、桐朋学園大学に入学。ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学を経て、2003年1月MPOへ入団。11年から毎年、東京「MAXフィル第九」を指揮。16年3月、MPO専任指揮者に就任。

ひょんなことから、古澤さんの音楽人生は始まった。
MPOのコントラバス奏者であり、専任指揮者として異例の抜擢をされた初の日本人。音楽との出会いは4歳の時、近所の人に誘われて通い始めた「スズキ・メソード」だ。音楽一家に生まれたわけでもなく、きっかけはごく一般的であった。根気よく教室に通うも、10歳で中学受験を控え、教室を辞めることになった。とはいえ、音楽への情熱は薄れることなく、12歳、玉川学園中学部のオーケストラ部に入部。得意なヴァイオリンは一番人気の楽器だった。古澤さんはその座を争うことはせず、誰も手にしなかったコントラバスに目を向けたのだ。自分より大きなコントラバス、踏み台に登っての挑戦だ。ヴァイオリンとは全く異なるコントラバスを奏でるうちに、その魅力のとりことなった。やがて、中学卒業時には、プロのコントラバス奏者を志したのだ。
数々の音楽家を輩出する名門、桐朋学園大学の音楽科に入学。コントラバスを志賀信雄氏に、必修科目であるピアノと選択科目の指揮では紙谷一衛氏に師事。1998年、日本文化庁から奨学金を受け、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に留学した。在学中にMPOの海外オーディションを受けて合格。2003年1月、MPOに入団した。
当時の様子を振り返り、古澤さんに笑みがこぼれる。「あの頃はインターネットでの情報が少なく、MPOがどんな存在だか全く知らなかったんです。少しの不安と大きな期待で胸がいっぱいでした」。
ひとたびMPOの演奏を聴き、その質の高さと多国籍な団員が一つになって織りなす音に感銘を受けると同時に意欲が掻き立てられたという。MPOに在籍する傍ら、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京都交響楽団ほか、世界の各地にてソロ、室内楽奏者としても活躍する古澤さん。2011年より「MAXフィル第九」を指揮。これらの実績により2016年、MPO専任指揮者に就任した。
MPO誕生から20年。古澤さんが掲げるライフワークに平均18歳から成るマレーシア・フィルハーモニーユース管弦楽団(MPYO)の育成が加わった。年4回の音楽キャンプを行いながらMPOと合同公演を開催。マレーシア出身の若き音楽家を一流に育て上げ、MPOの輝かしい歴史を引き継いでもらうことが大切だと語る姿は穏やかでありながらも力強く、頼もしかった。

2018/12/27 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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