2019年5月-この人のセニョ〜ム 樫野 直広 さん

アンナ・シム さん
自然との共生、緑化と自然環境の保護も兼ねたランドスケープアーキテクチャー

新潟県出身。O型。1984年北海道大学農学部花卉造園学教室卒業。高野ランドスケープでの東京勤務を経てマレーシアへ出向。シャーアラム市新州都建設プロジェクトを皮切りに、1990年Aroma Tropicsを設立後は、個人庭園から街並み景観まで、手がける仕事は幅広い。主な受賞は、プトラジャヤ植物園で日本造園学会賞及びILAM※特別名誉賞、プトラジャヤ庁舎、Setia Eco Park Waterwayで同名誉賞。

「造園家というより、ランドスケープ・アーキテクト(景観の建築家)。人が生きてゆく中で、思い出深いランドスケープを築くために仕事をしています」。こう語る樫野さんは、マレーシア在住33年。
新潟県上越市で、眼鏡・時計などの貴金属を扱う店を営む両親のもとに生まれる。幼少より野山で遊ぶことが好きで、大学ではスキー部に所属しインカレにも出場。一方で、生物や植物に興味をもち、農学部進学後は、「白衣を着て顕微鏡を覗く将来を想像していたが、実際はつなぎを着て屋外で土と戯れることが多かった」という。卒業生の多くが建設省、環境庁、パークレンジャーの公務員となるなか、樫野さんは民間の造園設計事務所・高野ランドスケープに就職。2年の東京勤務の後、1986年4月、現地法人との合弁会社Team Three Takano Landscapeへ出向となりマレーシアへやってきた。海外で仕事をしたい思いが強く、先に赴任していた先輩の後任に25歳の若さで自ら立候補したという。
ブルーモスクに代表されるシャーアラム市新州都建設プロジェクトを引き継ぎ、工期終盤の施工監理、同市タウンセンター開発事業等に従事した。「当時はマレーシアの国づくりがスタートした時期でもあり、ランドスケープ・アーキテクチャーという考えもこの頃から根付いてきました」。
1990年独立し、現地パートナーと共にAroma Tropicsを設立。社名には建築、庭園、風景を含めた空間、自然を五感で感じたいとの思いが込められている。現在、社員は7名。これまで手がけた仕事は、個人庭園から、ホテル、コンドミニアム、ビジネスセンターの庭園、ゴルフコース、公園、街並み景観までと幅広い。仕事におけるテーマは「自然との共生。自然の最もあるべきたたずまいを再現し、ランドスケープデザインの中に植え込みます。自然が見せる美しさに敬服し、その自然が表現したい姿を導き出すことは、造園家の義務です」と語る。
マレーシアで仕事をする上での良さを伺うと「植物が豊富なこと。上下関係がなくあっさりしていてやりやすいこと。そして、資格があれば、プロとして信頼してくれること」だという。「今後は活動の場を海外にも広げていきたい」と語り、近々カタールでのプロジェクトに期待を寄せる。多忙ななか、最近、大学で修士号を取得したばかりの研究家でもある。今後の活躍にますます目が離せない。

2019/05/04 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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