2019年9月-この人のセニョ〜ム ヤス さん

ヤス さん
夢はマレーシアで器械体操を広めること。
学校の体育の授業に取り入れてもらいたい。

1983年9月29日、東京都小笠原村・父島生まれ。高校卒業後、東京で就職。20歳の時、ワーキングホリデーでオーストラリアへ。その後、クラブメッドに就職し、石垣島、インドネシア、マレーシア、オーストラリアで働く。2004年から器械体操のコーチを副業で始める。2012年来馬。今年4月、ソラリス・モントキアラに体操教室「UP TOP GYMNASTIC」をオープン。

「僕の体操教室のモットーは、教室名にもしているアップトップの精神です。これはハイタッチするという意味で、挨拶する時も、技がうまく決まったときも仲間とアップトップして喜びを共有します。生徒に楽しく体操を学んでほしいという思いを込めました」。ヤスさんの体操教室は、日本人のこどもを中心に、親同伴の2〜3歳クラスから大人クラスまで現在50人の生徒が在籍している。
「4歳以上のクラスでは、体操以外にも人の話をきちんと聞くことなど、コミュニケーションをしっかり取ることも重視しています。教室では、技がうまくできない時、どうすればできるようになるかなど、課題を自分に課して、解決できる能力が身につくよう指導しています」。地道な毎日の積み重ねがとても大切で、基本となる技は何百回、何千回と繰り返すという。
クラブメッドでライフセーバーとして働き始めた2004年、施設内にあった空中ブランコに興味をもち、試しに始めたところはまってしまい、その結果サーカスのインストラクターに抜擢。その後、サーカスのパフォーマンスに役立てるために器械体操の州代表だったオーストラリア人に器械体操を教えてもらうことに。やがてその楽しさにのめり込んでいった。「この先も体操を続けようと考えていたが、プロになろうとは思っていなかったです。それよりは、自分の限界がどこまでかを知りたいという思いが強かったです」。クラブメッド退職後、オーストラリアの観光専門学校で学びながら、体操のコーチやサーカスのインストラクターを続けた。
2011年半ば、インドネシアのクラグメッドに復職。翌年の終わり、再びマレーシアのクラブメッドで働くことに。そこで現在のマレーシア人の奥様と出会い、この先ずっとマレーシアに住むことを決意したという。不動産会社に転職後は、空いた時間に友人の体操ジムでコーチとして指導にあたる日々。やがて、自分の教室をもちたいという思いが強くなってきた頃、たまたま、体操ジムとして使われていた物件に空きが出ることを知り、教室を開くことに決めた。
「教室を開いてまだ半年ですが、生徒を今の倍の100人まで増やしたいです。そして、目標は60歳になっても逆立ちができること(笑)。夢はマレーシアに器械体操を広め、学校の体育の授業に取り入れてもらうこと。夢が叶ったらリタイアして、世界をゆっくり旅したいですね」。

2019/09/01 | カテゴリー:この人のセニョ~ム

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