2010年8月-宗教儀式の根源、戦前日本人、古代のフランス

×月某日

 サッカーが国技みたいなマレーシアが、何故ワールド・カップに出ないんだと、現地人の妻との混血でサッカー・ファンの長男に聞くと困った顔をする。サッカーは国対抗の擬似戦争だが、スポーツに限らず、歌や踊りや宴会、音楽や絵画など、全ての人間の楽しみの根源は宗教にあり、元々は、神とコミュニケーションするための厳粛な儀式だった。

 ルーマニア人亡命者で宗教哲学者のミルチャ・エリアーデ著「聖と俗」(法政大学出版局)によれば、世界のあらゆる宗教儀式の目的は、国や村などの共同体の神話時代における神との遭遇や奇跡、神の如く崇められた英雄などによる事跡を、決められた時期に共同体全員が疑似体験して繰り返すことで、共同体に新たな活力を与えることだと言い、ニーチェの「永遠回帰」の思想や、東洋の輪廻思想と共通している。両次大戦の悲惨な結末から、西洋文明の行き詰まりを洞察した西洋知識人の、救いを求める悲痛な叫びが聞こえそうだ。

×月某日 

 毎年サバ州で植林をしている群馬県の会社から、植林後のメンテナンス作業の報告を求められて忙しくしている。草刈りや生育調査など、私自身が直接やるのではなくて、提携している州政府の林業機関の仕事なのだが、日本並みにテキパキやらないので私が尻を叩いて催促し、ついでに彼らが提供したデータをまとめて報告書を作成したりしている。

 現地人が怠惰だという批判はよく聞くが、彼らはあくせくする必要はなく、却って日本人の性急さが理解しにくいだろう。その日本人も、戦前はゆったりとしていて、それでいて現代人よりも個性的で活動的だったことは、宮本常一「忘れられた日本人」(岩波文庫)を読むとよくわかる。「常民」の概念を唱えた民俗学者の著者は、急激な変化の中で見失われていく日本の庶民の姿を温かい視線で記録している。特にこの本の中の「土佐源氏」は、貧しい一庶民の女遍歴の話だが、大文学者たちの作品よりも遥かに文学的な香りが高い。

 ×月某日

  妻の姉の義父の葬式が最近あって、私は出なかったが、誰が連れてきたのか、フランス人が一人来ていたそうだ。私はフランスには縁が遠く、国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞の残酷な内容には辟易している者だが、その高い文化には敬意を表している。しかし、そのフランス人も、2000年前のローマ帝国からすれば、文化の低い蛮族だった。

 ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が、将軍時代に元老院に送っていた、フランス征服戦争の報告書である「ガリア戦記」(岩波文庫)から、ローマに対する度重なる反乱を起こした、当時ガリアと呼ばれていたフランスの、ケルト族である先住民の勇敢さがよくわかる。このケルト族が、西ヨーロッパの国々の言語や人種的特長の基層になっている。フランスの首都「パリ」は、パリシー族と言うケルト人の支族が語源だし、「ベルギー」という国名も、ベロファキー族に由来している。最後の大反乱を率いて捕らえられたウェルキンゲトリクスの最後の様子に、日本の武士道と共通の潔さを感じさせられた。 

三好良一

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