2010年1月-体外離脱、家畜化する人類、アマゾン原住民

×月某日
究極の旅6月第4週に54 歳の誕生日を迎 えて、俺も初老になったわいと溜息 をついていると、その1週間後に、長崎の母が80歳で死去した。葬儀に出たかったが、諸々の事情で帰国できず、子供の頃の母を思い出しては涙ぐむ数日間が続いた。母は今頃あの世で祖先の霊と再会しているんだろうなと想像し、俺ももう一度母に会いたいなとずっと考えていた。
母が今どんな状況にあるのかを想像するためのよすがとして、何度も読み返している、ロバート・モンロー著『究極の旅』(日本教文社)をまたも手にする。体外離脱を何度も経験しその科学的研究でも有名で、立花隆の「臨死体験」にも出てきた彼の最後の著書である。同書は彼の多くの体外離脱体験を総括した、冷静な観察と分析が述べられている。死者が祖先や親しい人の霊と再会し、本当のあの世へ渡る前の準備をする場所を彼は「フォーカス27」と呼んでおり、臨死体験者が到達するのもここまでらしい。母は誰と会っているだろうかと、亡くなった親族の顔を1人ずつ思い出しては、また目がウルウルしてくる。
×月某日
街のホモ・サピエンス母が死んだ数日後に、妻の妹の長女が初子の女子を出産した。死ぬ者があれば、新しく生まれて来る者があり、人類という種は生存を続けていくのだなと改めて思う。でも、人類は、長年の間に都市化や文明の影響で形態や体質、精神がどんどん変わってきた。
変わるのは人類だけではない。動物学者である小原秀雄著『街のホモ・サピエンス』(徳間文庫 教養シリーズ)によれば、犬・猫・牛・馬・山羊・羊などの家畜や、動物園の動物などもその形態や体質を変えてきた。野生の世界では起こりえない慢性胃炎、肝硬変、糖尿病などの病気になったり、ノイローゼになったり、馬類のたてがみが伸びっ放しになったりする。実験動物のマウスの集団など、過密状態におけば、子殺し、同性愛などの異常性愛、殺し合いなどが起きるようになり、まるで現代世界で起きている人類の精神的問題をそのまま見ているようで暗然となる。人類はどこへ行こうとしているのだろうか?
×月某日
悲しき熱帯私の妻の一族は、サバ州で最大の人口を誇るカダザン族だが、子供が1ヵ月になった時に親族を集めて、はじめて子供の髪の毛に鋏を入れる風習がある。日本でのお百日参りと同じ考えで、1ヵ月も生きたのだから以後の生存は確実だろうと見越して祝うわけだ。
こういう世界中の民族に伝わる文化や伝統・風習は決して迷信ではなく、各民族の体系的な世界観や哲学という構造が基礎となっているとする構造主義を提唱した、フランスの人類学者レヴィ・ストロースの、主にアマゾン原住民の観察記録からなる『悲しき熱帯』(中央公論社)では、一見原始的なアマゾンの裸族の文化に、大昔のより高度な文明が退化した名残りを鋭く見抜いている。
インド・パキスタンの紀行文でも、インド亜大陸の文化が、やはり高度な文明が環境破壊などで崩壊した姿なのだとしている。今はまだ熱帯雨林が残るサバ州の諸民族の文化が、今後も末永く保存されることを祈らずにいられない。

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