2012年10月−大東亜共栄圏と軍隊式教練の日々、Qu’est-ceque構造主義?、獰猛な顔つきの漂海民族

X月某日

 今年の夏も春に引き続いて、例年恒例の神戸のNGO派遣の中高生一行、前期・後期合わせて27人を1週間ずつ、水も電気も不自由なサバ州の山奥の村にホーム・ステイしての植林を引率・指導してきた。この村の住民は全て、私が所属していたNGOが1977年に設立した農業研修センターの卒業生であり、皆が私のことを今でも「先生」と呼んでくれる。

 実際、29年前の1983年から、27〜34歳頃にかけての7年半、彼らの先生の農業指導員として、私は毎朝の点呼・国旗掲揚、国歌斉唱、ラジオ体操、ジョギング、農作業、夜の講義、点呼と、軍隊並みに彼らをしごいていた。太平洋戦争時の日本軍の、アジア各地で大東亜共栄圏の理想の下に現地人を指導した記録である村上兵衛著「アジアに播かれた種子」(文藝春秋)の、特にインドネシア国軍の母体となったPETA(郷土防衛軍)創設時の、現地青年たちを教育・訓練する場面は、鬼教官だった私の若い頃の日々が思い出されて胸が一杯になる。今は、神戸の若い人たちに教えを垂れる、胡麻塩頭と白い鼻髭の老師かな?

X月某日 

 多民族社会であるサバ州に住んでいると、否が応でも民族について意識させられる。西洋以外の民族を未開民族と決め付け、自分たちの文化こそ進化の最先端と思い上がっていた西洋人の認識を覆したのが、フランスの文化人類学者・哲学者で近年物故したクロード・レヴィ・ストロースだが、私は彼が唱える「構造主義」という哲学がよくわからなかった。

 フランス現代思想学者の内田樹著「寝ながら学べる構造主義」(文春新書)は、ソシュールを祖とする「記号論」、ミシェル・フーコーの「系譜学」、ロラン・バルトの「エクリチュール理論」、レヴイ・ストロースの「野生の思考」、ジャック・ラカンの「鏡像段階理論」などの諸論点に焦点を当て、難解極まる構造主義の概念を、非常に平易な文体で説いている。特に、1960年代に当時一世を風靡していたジャン・ポール・サルトルの実存主義を論破したレヴィ・ストロースの、各社会の歴史は、マルクス主義や実存主義が唱えるような一直線の流れではないし、道徳や倫理のあり方も一様ではないとする考え方には大賛成だ。

X月某日

 先日、サバ州東海岸のダイヴィング・スポットへの拠点センポルナの沖の島へ渡った。金槌の私はダイヴィングなど興味はなく、漁業関係の調査目的だったが、珊瑚礁の浅瀬の海上の水上家屋に住む、無国籍の海バジャウ族漁師の、日焼けした獰猛な顔にたじろいだ。

 彼らは、サバ州で第3位の人口を誇る、約200年前にサバ州に定住したイスラム教徒で元々漁業民族の陸バジャウ族と同様、フィリピンのミンダナオ島とサバ州の間のスルー諸島に属するタウィタウィ島出自で、一生を船で暮らす「シー・ジプシー」として文化人類学では昔から有名だ。米国の文化人類学者H.アルロ・ニモ著「漂海民バジャウの物語」(現代書館)は、ヴェトナム戦争激化以前の1960年代にタウィタウィ島の彼らの集落に住んで研究していた際のエピソード集で、イスラム教定着以前のアニミズムを奉じ、毎日魚とキャッサバだけの食生活を送る彼らの日常の泣き笑いが、郷愁を込めて語られている名著だ。

三好良一

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  1. X月某日… http://t.co/7Bioulle

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