2013年1月−本当のサンカの姿とは?神の数と文明、古典に現れた日本思想

月某日

サバ州の経済が好調なために、近隣のフィリピンや東部インドネシアのヌサテンガラ諸島、それにスラウェシ島から、多くの合法、非合法移民や出稼ぎ労働者が住み着き、正確な数は把握不可能だが、州の人口約300万人のおよそ3分の1に達しようとしている。特に内戦や貧困で逃れてきたフィリピン系移民は実際上、州の最下層階級を構成している。

日本では、士農工商の更に下に穢多(エタ)・非人という最下層階級がいたが、彼らと同様に差別されていたのが「サンカ」と呼ばれる非定住の人たちで、竹や藤蔓などから作る箕(み)や籠(かご)、箒(ほうき)の製作・行商を正業としていた。このサンカの社会を研究して昭和40(1965)年に世に出したのが、三角寛(みすみかん)『サンカの社会』で、この本で三角は一躍サンカ研究の権威となり、この本はサンカ研究のバイブルとなったのだが、出版直後から内容の信憑性に疑問が百出し、今では評価が下がっている。筒井功『サンカの真実・三角寛の虚像』(文春新書)は、その欺瞞を徹底的に暴いた本だ。

X月某日

29年前に初めてサバ州に赴任した時、コタ・キナバルはともかく、奥地ではインフラも未整備で、現地人も素朴というか単純な人が多く、本当に世界の果てに来たという感じだった。実際サバ州は、19世紀にイギリスの勢力が入り込む前は、何千年にも亘って他の世界から隔離していた状態だった。その後に、ヨーロッパや中国の文明が入ってきたわけだ。

旅する哲学者とも言うべき森本哲郎は、『そして文明は歩む』(新潮文庫)で、世界の文明の分類について、その文明で信奉する神の数で分けるという、面白い見方と考察を示している。つまり、一神教のユダヤ教やイスラム教の中東、東方キリスト教世界は「一の文明」、陰陽の理論を奉じる中国は「二の文明」、神・精霊・キリストの三位一体を信奉するキリスト教の西ヨーロッパは「三の文明」、多神教のギリシャは「多の文明」、八百万(やおよろず)の神の日本は「万の文明」、そして、神々が無秩序に存在してゼロを発見したインドが「ゼロの文明」と言うわけだ。著者は自然との共生を目指す「万の文明」を評価している。

X月某日

 妻が属するカダザン族では、葬式に年配の女性が単調で物悲しい追悼・鎮魂の歌を歌う風習があったが、今は知らない。萬葉集第一の詩人とされる柿本人麻呂も、そういう鎮魂歌を作って歌うことを仕事としていた役人で、最後は出雲の地で殺されたと説くのが哲学者の梅原猛であり、彼はまた、法隆寺は聖徳太子の怨霊を閉じ込めた寺だとも主張した。

その梅原猛は『古典の発見』(講談社)で、日本には思想がないという通説に対抗して、萬葉集、新古今和歌集、かげろふ日記、風姿花伝、徒然草、奥の細道、などの古典の解釈を通して、日本にも思想があることを力説している。特に面白いのが萬葉集の解釈で、編者の大伴家持は、ただ風流や情景を詠んだ歌を選んだのではなく、支配階級の間の権力闘争と数々の悲劇を、敗者の側に立って、その心情を歌い上げたのだとする。古今和歌集の六歌仙も実は皆政治的敗者なのを考え合わせても納得いく説で、鎮魂歌集なのだ。

三好良一

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