2013年11月−ホモ・サピエンスの足跡、天災 は忘れた頃にやってくる、 アウシュヴィッツを生き延びて

月某日

dokusho 先日、脳出血に襲われて左半身が不自由になり、今は右手1本で本稿を書いている。毎日のリハビリで、よろけながらも自力歩行ができるようになるなど、少しずつ機能は回復してきたが、完全回復には時間がかかりそうだ。直立二足歩行が人類の一つの定義だとしたら、私は人間ではなくなってしまう。妖怪人間ベムではないが、早く人間になりた〜い!

人類が類人猿から分かれたのは約700年前で、以前に紹介した『人類の足跡10万年史』は、私たちが属する現生人類のホモ・サピエンス種が10万年前にアフリカを出て以降の足跡を、遺伝学の観点から辿っていたが、現生人類が東アフリカで誕生した約20万年前からの世界中への拡散の足跡を辿ったのが、アリス・ロバーツ著『人類20万年 遥かなる旅路』(文藝春秋)である。イギリスの若い美人解剖学者で考古学者の著者が、BBC(英国放送協会)の支援で、世界各地で研究している考古学者の研究内容とその最新の成果を紹介しており、彼らの現在までの知的成果も、20万年かけて現世人類が残してきた偉大な足跡だ。

X月某日

サバ州は、地震も台風も火山噴火もない平和な地域で、これに反して日本は昔から本当に各種の災害が多い。そんな日本から見れば天国みたいな所だ。そういう天国に住む人間たちの思考の単純さや感性の鈍さ、危機感のなさと呑気さに時として脱力感を覚える。私はブミプトラを支援しようと思っていろいろな活動をしてきたが、今はもう諦めている。

寺田寅彦著『天災と日本人』(角川ソフィア文庫)は、2011年3月11日の東日本大震災を受けて再刊された随筆dokusho2集で、1933(昭和8)年3月3日の死者約3千人を出した昭和三陸地震・大津波と、大正12(1923)年の関東大震災を受けて昭和10年前後に書かれた。彼の「天災は忘れた頃にやってくる」という名言は、この本にある、日本の地理的・気候的環境が災害に遭いやすい構造だから、日頃の防災を心掛ける必要があるという主張の要約である。夏目漱石の最古参の俳句の弟子でもあった彼の、そんな災害が多い風土で暮らしてきた日本人の価値観や感性の鋭さについての説明は、こちらの人たちと比較して納得がいく。

X月某日

dokusho3 脳出血が起きた一つの原因が頭の使い過ぎとストレスだと考え、たまにはポケーッとテレビでも観ようと思ったが、やはり退屈で仕方がないので、1955年フランスで公開された、アウシュヴィッツ強制収容所の記録映画「夜と霧」をインターネットで、久しぶりに観る。

アウシュヴィッツ他の収容所での過酷な実体験を描いた同名の文学作品で、自分が生き延びたのは将来に果たすべき使命があることを信じて楽観的になっていたからだということを書いた、有名な心理学者のヴィクトール・エミール・フランクルの『宿命を超えて、自己を超えて』(春秋社)の冒頭で、大戦後45年目に大勢の聴衆を迎えて開かれた講演で、その使命を果たす機会が今実現したのだと語る著者の言葉が出て来て、何度読み返しても胸が熱くなる。私もまた、将来に果たす使命について心に期していることがあり、フランクル博士の言葉を信じてリハビリに励み、いずれこの逆境を乗り越えていくつもりである。

三好良一

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