2013年5月−アダムの臍、輪廻転生とガンジス河に集う日本人、日本とヨーロッパの歴史の並行現象 

月某日

サバ州の先住民は、キリスト教徒とイスラム教徒の人口が拮抗している。キリスト教徒の多くがカトリックで、私の妻もそれに属している。私は結婚式を教会で挙げたものの、多くの本から得た知見から、その教義を心から信じることはできなかった。古来描かれてきた多くの宗教画は文盲で無知な信者に対する紙芝居みたいなものだが、私は彼らとは違う。

しかし、旧約・新約聖書がヨーロッパ、ひいては世界中の政治や哲学に及ぼしてきた影響の大きさは無視できないので、他の宗教の本も含めて、宗教に関する本も多く読んでいる。だから、新旧聖書に出てくる代表的なエピソードを描いた名画をキリスト教の歴史に沿って解説した、中野京子著『名画の謎旧約・新約聖書篇』(文藝春秋)の内容も、スラスラと頭に入る。ミケランジェロの「アダムの創造」では、人間の母による生物学的な誕生ではなく神によって創造されたアダムの腹に臍があることが、中世から現代に至るまで、神学上の重大問題だそうで、新法王が就任したカトリックは、この難問を解けるだろうか?

X月某日

西マレーシアに比べ、サバ州を含む東マレーシアはインド系の人口が少ない。それでもヒンドゥー教やシク教の寺院があり、ヒンドゥー教徒のための火葬場もコタ・キナバルにある。そこは、私が農業指導員として着任する前年の1982年、山奥の埃もうもうの道で原木運搬車との正面衝突事故で死亡した日本人商社員2人を、私の先輩たちが荼毘に付した場所でもあった。ヒンドゥー教の聖地として、そこで火葬されることを願って信者が集うヴァーラーナスィ(ベナレス)に、心の闇を抱く日本人たちが集まる物語である、遠藤周作『深い河』(講談社文庫)は、輪廻転生(生まれ変わり)を否定するカトリック教徒ながら、晩年は輪廻転生説に傾いていた著者の、相反する教義の狭間で苦悩する胸の内がよくわかる。彼は芥川賞受賞作の『白い人』や、『黄色い人』『沈黙』等の作品でも、西洋の合理主義的な宗教観よりも、アジア的汎神論への傾斜が見られ、この小説にも、そんな彼の分身が出てくる。

X月某日

約15年前にKLにいた頃の所属先NGOは右翼的組織で、日本軍占領中の評価に関心があるトップの指示で、マレーシアの中学校の歴史教科書の記述を調べたことがあり、8割の肯定的評価という私の判断を報告した。その過程で、マレーシアの歴史教育が、戦前日本の天皇の皇統譜丸暗記と同様、マラッカ王国の王統譜丸暗記から始まることを知った。

そんな退屈な授業では、現地人が歴史に関心が薄いのは当然だ。堀田善衛、司馬遼太郎、宮崎駿の対談本『時代の風音』(朝日文芸文庫)は、歴史が面白いことを教えてくれる。日本と欧州の歴史は、13世紀以降はほとんど並行して展開していること、新大陸からのジャガイモ到来以前の欧州人の体格は、現在の下層階級と同様、日本人並みに小さかったこと、イラン革命後にイラン人の来日が急増したのは、革命前のイランと日本両国の皇室の友好関係からイラン人はビザの免除がされていたからであること、ロシア人が日露戦争で負けたのは、モヤシが食えることを知らなかったためなど、歴史の碩学二人の話は非常に面白い。

三好良一

関連記事

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る