2015年11月−アジア文明の源流、山の民の跳梁跋扈、三島由紀夫に憑りついた二・二六将校

サバ州は東南アジアに属しながら、地形的に世界から孤立していたために、他のアジア諸国が受けたインド文明の圧倒的な影響をこうむらずにきた。今もインド系人口は非常に少ない。

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dokusho そのインド文明を豊富な写真を交えながら論じたのが、森本哲郎編『冥想するアジア』(文春文庫ビジュアル版)だ。一口にインド文明といっても、紀元前5500年前に興ったインダス文明は、それ以後のヒンドゥーや仏教の文明とは系統を全く異にしている。文明の担い手は、現代のインド人とは違い、その系統も言語も文字も謎のままである。紀元前1500年前にインド亜大陸に侵入したアーリア人に滅ぼされたという説も、今では否定されている。インドの中央部を流れるガンジス川では、ヒンドゥー教と仏教文化が花開いた。日本人にも馴染みの深い地名が多いが、現代の若い人たちは知らないだろう。ガンジス川付近で生まれた仏教がアジアに広まった先の一つのカンボディアで9〜15世紀に栄えたのが、クメール民族による絢爛豪華なアンコール文明だった。しかし、今は密林に呑み込まれつつある。

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サバ州には山の民あるいは森の民として、日本人によく似たムルット族という民族が住んでいる。dokusho2彼らは森の産物などを平地民の産物と交換していたから、不気味に思われることはなかった。しかし日本では、森の民はアイヌや縄文時代の文化をひきずっている人たちが多かったから、稲作文化を担っている弥生時代以降の日本の平地民からは気味悪がられていた。柳田國男の『遠野物語』(集英社文庫)は、明治時代の末頃に岩手県遠野市に伝わっていた山の民の話や、彼らにまつわる不気味な話を聞き書きにしたもので、日本民俗学の先駆けとなった本だ。山男にさらわれた村娘、猟師が出会った異形の男、遠い昔に行方不明になって嵐の晩に姿を見せる老婆「サムトのおばば」、山をさ迷って辿り着き、家の中の什器を持ち帰らないといけない不思議な家「マヨイガ」、座敷わらしの話などが順不同で出てくる楽しい本だ。

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dokusho3 三島由紀夫の割腹事件も45年が経ち、昔話になってしまった。この事件と時代背景について、渡部昇一著『腐敗の時代』(PHP文庫)で、面白い視点を提供しているので、紹介したい。この本は元々、1972年に田中角栄内閣が誕生した頃、世間の悪評に抗して、江戸時代の田沼意次のように指導者が金を活発に使った時代こそよき時代なのだと論証している本だ。戦後すぐに、戦前は軍部に苛められていた石坂洋二郎が『青い山脈』で自由な明るい時代の到来を賛美したが、三島は10年も経つとその明るさに飽いてきて『鏡子の家』で明るさの終焉を表現した。その後、第一次安保闘争で右翼が表面に出てきて、経済成長の反面、世の中はどんどん暗さが増していき、三島はその頃から二・二六事件の英霊に憑りつかれるようになって、ついに『鏡子の家』から15年目、『青い山脈』から30年目に右翼クーデターに失敗して割腹自殺を遂げた。社会の表面に出てこないオカルト現象を軽視してはいけない。

三好良一

2015/11/09 | カテゴリー:コタキナバル読書日記

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