2015年3月−トラガリの殿様、世界中の王殺しと穀物神の神話、山中で水浴する妖艶な魔女

サバ州には、動物園以外に虎がいない。絶滅したのではなく、昔から生息していない。象は生息しているが、肩高約2.5mの西マレーシアのインド象より小さい、肩高約1.8mのボルネオ象になる。もちろん、象牙目当ての密猟が絶えず、絶滅危惧種として指定されている。

X月某日

1980年代、私も関わっていたケランタン州内陸グアムサンの農場では、象が農産物を踏み荒らClipboarder.2015.03.08-010したり木を倒したりする被害によく見舞われた。20世紀初頭の西マレーシアの農村部でも象や虎の被害が絶えないので農民は怯えていた。そのために幾つかの州政府はそれら害獣の駆除を奨励し、ジョホール州では、スルタン自身が積極的に象や虎を狩っていた。

徳川義親じゃがたら紀行』(中公文庫)の主内容は、尾張徳川家の当主で貴族院議員であり侯爵だった著者が大正10(1921)年、病気療養で来たジョホールで、スルタンに誘われて数回狩猟を行い、象5頭、虎1頭を仕留めた体験談である。トラガリ(虎狩り)の殿様として日本理容師協会の名誉会長にもなった、富裕で呑気で気ままな殿様人生だった。

dokushoX月某日

マレーシアでは、こどもが生後1ヵ月目に耳の上の髪の毛を切る風習がある。J・G・フレーザー『金枝篇』(ちくま学芸文庫)によれば、これは、生後すぐに生えて来る髪の毛は赤子にとって危険だという、太平洋各地の信仰に基づく。また、中近東地域での豚の忌避はエジプトに由来するが、意外なことに大昔は豚は崇拝の対象だった。それが長い年月の間に畏れ多い対象から敬して遠ざける対象に変わり、最終的に忌避される対象になったらしい。

文化人類学の古典的名著のこの本は、前評判通り、博はくいんぼうしょう引傍証の膨大さに目が眩みそうだ。ローマ近郊のネミ湖の聖なる森の古代の祭司は、黄金の枝を手に入れた者が前任者を殺して就任することを繰り返したという伝統の由来を、世界中の民族の王殺しや植物神・穀物神の信仰や風習を文庫本で上下2巻とも400ページ以上に亘って例に引いて考察し、黄金の枝はオークの寄生樹のヤドリギの枝のことであり、人々に安寧と豊饒をもたらす霊力を失った王は殺されるのが、古代では世界中どこでも当たり前だったことを立証している。

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元気でネイチャーガイドをしていた頃、山蛭との付き合いは深かった。トレンガヌ州のケニィールClipboarder.2015.03.08-011湖の森では、左右の足首に10数匹ずつぶら下げて歩いていた。明治時代の日本でも、福井県と岐阜県の境の山中の山蛭は木の上から雨のように降ってきて通行人を襲っていたようだ。泉鏡花『高野聖』(角川文庫)の主人公は、そんな森を死ぬ思いで抜けた。

主人公は、山中の一軒家に宿を乞うが、そこの若いおかみは美しくて色気があり、多くの男が言い寄ってくる。しかし、そんな男たちは皆、馬や猿、蝙蝠、ヒキガエルなどの動物に姿を変えられ、二度と人間に戻れない。主人公も小川で水浴し、おかみに背中を流されて欲情するが、僧であるために必死に誘惑に耐えて、辛うじて人間のままでそこを離れることができた。若いおかみが裸になって水浴びする描写の妖艶さは、さすが鏡花である

三好良一

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