2015年6月−現代における幽玄な能の世界、 戦車に蹂躙された青春、 怨霊の日本文学史

X月某日

dokusho 1970年に三島由紀夫が部下と共に市谷の自衛隊本部の総監室を占拠し、壮絶な割腹自殺を遂げた事件は、ちょうどその日にその事件の号外を、友人を手伝って配ったのでよく覚えている。あの当時は、彼が有名な作家だという以上のことは知らなかった。あれから40年、日本が経済のみ突出して魂を失い、透明で無機質な国家になるという彼の予言は的中した。

少年時代から日本やギリシアなどの古典を嗜んできた彼が、日本の古典能を現代劇に翻案したのが、三島由紀夫『近代能楽集』(新潮文庫)である。「卒そとばこまち塔婆小町」、「綾あやの鼓つづみ」、「弱よろぼし法師」、「熊ゆや野」などの本来は幽玄な古典能が、様々な人生模様のなかで、気忙しく味気のない現代劇に転換されていて飽きさせず、人間心理の深い部分が昔から不変であることを納得させられる。これらの舞台がいずれも好評だったのも頷ける。

X月某日

作家の司馬遼太郎は、第二次世界大戦では第一線に送られ、満州の関東軍に配属された。スパナdokusho2という言葉を知らないというだけで殴られるような理不尽な教育と訓練という名のしごきを受けて、それ以前も以後も自動車の運転はした経験がないのに、戦車のアクセルやクラッチやブレーキを操作する運転手となった。結局、実際の戦闘の経験はないままに敗戦を迎えた。

在軍当時から日本軍の様々な矛盾、特にそのリアリズムのなさや誇大妄想癖には気付いていたが、敗戦後に振り返ってみてから、日本軍部、特にその中枢の参謀本部に対して憎悪に近い感情を抱くに至り、司馬遼太郎『歴史と視点』(新潮文庫)で、戦車に関して、参謀本部の矛盾を糾弾している。近代化してから日清・日露の両大戦を勝った日本軍は、その栄光の歴史に驕り、全能感に酔いしれて誇大妄想狂となり、自他の戦力の冷静で客観的な比較をしないまま、対米英戦という無謀な賭けに全国民を巻き込んで国土を焦土にしたのだった。

X月某日

dokusho3 20年ほど前に妻の姉が死産して帰宅した際に、家の玄関の柱の下にその死体を埋めて、皆でその上を踏み固めたものだった。サバ州の先住民の奇妙なこの風習は、実はアイヌの風習とまったく同じであり、しかも縄文時代の土偶の製作にも影響している。すべて妊婦の体が毀損している土偶は、この世で短くしか生きられなかった胎児の表現で、死産したり流産したりした胎児を埋めて、皆で地面を踏み固めるのは、早くあの世へ送り返そうという表現行為なのだ。

梅原猛『古代幻視』(文春文庫)では縄文時代以後にも見られる、日本文化の影である怨霊の影響について述べている。法隆寺は、子孫の一族を虐殺された聖徳の鎮魂の寺。万葉集は海に沈められて刑死した柿本人麻呂の鎮魂歌集。そして北野天満宮もまた、右大臣の地位から大宰府の長官に左遷されて恨みを飲んで死に、都に雷などの天変地異を起こして藤原一族や天皇などの多くの関係者を呪殺した菅原道真を、藤原一族が逆に一族の守り神として取り込んだものだ。他に、あまり読まれない「日本霊異記」の面白さについても紹介している。

三好良一

関連記事

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る