2017年4月−南極に逃げたヒトラー、 キューバ革命の英雄

私の父は元海軍兵士で、マラッカ海峡で乗っていた船が沈んで3日3晩漂流した。泳ぎが達者な父に二人の部下が助けを求めたが見殺しにした。父は救出され、沖縄で米軍の捕虜収容所に入れられた。戦後、部下を見殺しにしたことがトラウマになり、晩酌一杯で酔っ払うと家族全員に暴力を振るった。私自身も犠牲者で悲惨な少年時代を送ったものだった。父も、ドイツおよびイタリアとの間で1940年に締結された三国同盟の犠牲者といえそうだ。

X月某日
ヒトラーは、決してただの「狂気の独裁者」ではない。彼は、有能な独裁者であり、すぐれた霊能者でもあり、自分の死後の数十年の予言をしていて、「ゲルマン民族」の若者たちに、将来米ソの戦争が起こった際に、「ラスト・バタリオン(最後の軍隊)」としてヘゲモニーを握るよう期待をかけ、南極の植民地ノイエ・シュヴァーベンランドを開拓したり、UFOを開発したりしていた。
ヒトラーはベルリン陥落後に自殺したとされているが、実際には南米を経て南極に逃亡していて、南極で彼に会ったことがあるという人が引きも切らない。落合信彦『20世紀最後の真実』(集英社文庫)は、有名な国際政治作家によるヒトラーの逃亡先を探訪した本である。彼は、元SS(ヒトラー親衛隊)大尉の運転で、ナチスの残党が築いた南米チリの「エスタンジア」という病院や農園のある街を訪れ、危難に陥ったが、ちょうど著者たちの救援に駆け付けた警察軍に守られて街を出た。彼らがそれ以上留まっていれば命を落とすか誘拐されただろうから、際どいところで助かったわけだ。ヒトラーは1945年4月のドイツ降伏直前に自殺したとされているが、連合国のどこも確定的な情報は得ていないので謎が多い。

 

X月某日
ジャン・コルミエ著『チェ・ゲバラ』(創元社)は、1960年代に私やジョン・レノンや哲学者のサルトルたちをはじめとする多くの左翼シンパを引き付けた革命家の評伝である。エルネスト・ゲバラはアルゼンティンの医学生で、中産階級出身のキューバの弁護士フィデル・カストロと南米諸国を放浪中にメキシコで出会って意気投合し、カストロに従ってキューバ革命運動に身を投じることにした。やがて彼らは当時のバティスタ独裁政権を倒すべく立ち上がり、1959年1月1日に首都ハバナを陥落させた。その際、マフィアやその家族が大慌てで脱出したものだった。キューバの国民音楽サルサやサボテンからつくったテキーラ、葉巻の匂いも漂って来そうだ。
1962年に世界を核戦争の危機に陥れたキューバ危機の記述からは、ケネディ暗殺事件前後当時の様子がうかがえて懐かしい。キューバ核戦争危機が、キューバの頭越しに解決したことに反発したゲバラは、まずコンゴへ行き、次いでボリビアへ渡り、そこで政府軍やアメリカ軍との戦闘中に捕らえられ、1967年10月に処刑された。遺体は乱暴に扱われて写真撮影されたが、その遺体はまるでイエス・キリストのようで、彼の人気を一層高めた。彼はキューバ新政権の工業相や国立銀行総裁に任命されたが、紙幣にサインした彼の署名は、彼の有名な写真をプリントしたTシャツと共にファンのお宝となっている。

 

2017/04/30 | カテゴリー:コタキナバル読書日記

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