2017年5月−元禄時代のサラリーマン  科学はいつまで世界をリードしていけるか?

私は立命館大学1回生の時に毎日新聞の奨学生として、京都の嵐山・嵯峨野地区で新聞配達をしていた。販売店が紹介してくれた部屋は美容院の1階の部屋で、三畳の部屋に木製のベッドが備え付けてあり、自由になるスペースはほとんどなかった。その頃は、畳の部屋が懐かしかった。新聞配達は1年で辞め、その後は喫茶店のウェイター、北海道の牧場、肉屋の店員、大工や左官など、約10種類のアルバイトをした。大学を落第して、北白川のアパートに移ってから久しぶりに畳の生活をした。その後、日本リクルートセンター、期間工となってからも、東京に移って中央線沿線の東小金井に住み始めてからも畳の生活は続いた。

X月某日
神坂次郎著『元禄御畳奉行日記』(中公新書)によれば、元禄時代(1691~1703年)の尾張藩(愛知県)に朝日文左衛門(1674~1726年)という武士がいた。彼は、元禄の期間には「御畳奉行」に任命されていた。平和な世の中のために武道はてんで様にならなかったが、「鸚鵡籠中記」と題した日記を8863日にわたってつけていたのだ。年に直すと、24年間という長い期間ということになり、何事につけ三日坊主の私には想像の外の話だ。彼の在任中には、例の赤穂浪士の討ち入りがあったが、尾張ではほとんど世間的には影響はなく、ほとんど無視されていた。それにしても、彼が上方へ出張する都度、畳に関係する商人が待ち構えていて、やれ酒だ女だとほとんど毎晩のように接待を繰り返す様子は、現代と変わらないように思う。サラリーマン生活に縁のない私はそう想像するしかないのだが、日系企業に勤めているサラリーマンの皆様、いかがでしょうか? 現代でも派手な接待を受けておられますか? 私も、たまにはあやかってみたいと思いますので、機会があれば声をかけてください。

 

 

X月某日
現代の科学技術文明を何世紀もリードしてきた科学が、もはや研究するべき対象がなくなり、終焉を迎えつつあるようだ。ジョン・ホーガン著『科学の終焉』(徳間書店)は、物理学のロジャー・ペンローズ、シェルダン・グラショー、スティーブン・ワインバーグ、デイビッド・ポー ム、リチャード・ファインマン、宇宙論のスティーブン・ホーキング、フレッド・ホイル、進化論生物学のリチャード・ドーキンス、科学哲学のカール・ポパー、トーマス・クーン、社会科学のノーム・チョムスキー、神経科学のフランシス・クリック、ジェラルド・エーデルマン、カオプレクシティのペール・バック、リミトロジーのフランシス・フクヤマ、科学的神学のハンス・モラヴェックなどの世界の多くの指導的科学者に、この主題をインタヴューした内容の本である。
こうしてみると、現代科学の研究方向が、コンピュータに関連した認知科学や先端医療に向かうようになったのは当然のように思われる。いわば、研究方向が狭くなったといえる。私は物理、数学、地学、生物などの科学の授業の際には、マルクスの『共産党宣言』レーニンの『帝国主義論』などの本を読んでいたほどの科学嫌いの文系だったが、敵が消えるのは寂しい。

 

三好良一

 

2017/05/16 | カテゴリー:コタキナバル読書日記

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