マレーシア最新芸術事情 2019年4月-楽しいだけが観劇ではない

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最近のマレーポップス

今年設立30周年を迎えるアクターズスタジオ。その記念に、30年前に初めて彼らが上演した演目『Norm & Ahmed』が再演されました。この作品はオーストラリアの劇作家アレクサンダー・ブーゾによって書かれ、初演は1968年。以降何度も再演されているお芝居です。
ある真夜中に、人気のないバス停で出会う通りすがりのパキスタン人留学生とオーストラリア人中年男性。留学生アーメッドは、優等生独特の真面目でカチッとしたちょっと硬い話し方。他方彼を呼び止めるオーストラリア人男性ノームの方は、軍役でベトナム戦争を経験した労働者。何度もその場を立ち去ろうとするアーメッドを、ノームは家族や国の歴史、体制など様々にトピックを変えて引き留め、その間にも、アーメッドに対して偏見や差別が見え隠れする言葉を何度も投げかけます。そんな辛いやり取りの後、終盤に少し明るい希望が見え、別れ際にノームがハグをしよう! と両手を広げます。あ~、良かったと思ったその直後、ハグされた状態でアーメッドは蹴られ、殴られ、路上に倒れてもまた殴られ、そしてお芝居が終わります。
衝撃的な結末に、カーテンコールの拍手もやや静か。決して芝居が悪かったわけではない。むしろ素晴らしい演技でした。ただ、多くの観客は、その最後のシーンから即座に現実の世界へと気持ちが切り替えられなかったのでしょう。「どうして?」とノームに裏切られたような気持ちになった人、「結局そうなってしまうのか」とがっかりした人。重い雰囲気のまま、観客は席を立ちました。
その日はそのまま帰宅した私ですが、翌朝ふと劇中のシーンやセリフが思い出され、やるせない気持ちが襲ってきました。ノームはなぜ最後にあのような行動をとったのか? それは彼だったから? しかし、あれこれ考えた後に気付きます。そうではない、ノームは私たちの周りにも、ましてや私たち自身の中にも少なからず存在しているのだと。そして、この戯曲が書かれた50年前と比べて、人種差別や偏見が少なくなるどころか、よりひどくなっているとさえ感じさせる昨今の状況に、やり場のない憤りを感じました。
舞台芸術は、その瞬間を共有しているという感覚を得られることが、大きな醍醐味であると思います。故に感じる楽しさも悲しさも大きい。作品に託されたメッセージをどう受け止め、どう自分に反映させていくのか。それは、私たち観客次第です。

アティカ

2019/04/02 | カテゴリー:マレーシア最新芸術事情

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