2012年2月−マチスモ・コンプレックス、マレー上陸作戦の足跡、免疫と超常現象
X月某日
例年の日本の大手電機会社の植林及びエコ・ツアーをコーディネートするのも5回目となった。植林には今年は初めてサバ大学の学生20名も参加して、にぎやかな行事となった。日本人学校の生徒たちも例年参加していて、毎回行う私の講演には、子供たちにも理解できるような内容をと求められて、画用紙に絵を描きながら熱帯雨林についての話をした。
少年時代は色白く内向的で、絵を描くのが好きで漫画家を目指していた私は、ガサツな初老の男になった今でも、繊細な神経と、審美的傾きを保っていると自覚している。審美的作風の三島由紀夫の短編集『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)の中の「憂国」で、後に自殺する彼の美的理想がわかるが、死後に出てきた多くの情報から、元々肉体的にひ弱で、戦争に行く機会もなく、闘争心を発露した経験のない彼が、男性的行動に対してコンプレックスを抱き、背伸びしていた切ない心情がわかり、共通点の多い私には痛ましい。彼の自殺前の「日本は理念を喪失した無機質の国になるだろう」という予言は見事に的中した。
X月某日
久しぶりに西マレーシアへ来た。作家の船戸与一氏の、第二次世界大戦に関する小説のための取材旅行の同行案内で、日本軍のマレー上陸の舞台となった東海岸クランタン州コタ・バルのサバック海岸から、「ハリマオ」こと谷豊の父と妹の墓があるクアラ・トレンガヌ、そして日本軍迎撃用の英軍のトーチカが残るクアンタンまで、数日間案内した。
コタ・バルに1995〜97年、その後2002年までKLに住んでいた私は、西マレーシアのほぼ全土で植林をしていたから、記憶が次々に蘇って楽しい旅だった。世界の辺境を巡って反政府ゲリラの小説ばかり書き、「ゴルゴ13」の原作も手掛けたことがある船戸氏との会話も、昔から国際問題に関心がある私には楽しかった。船戸氏のミャンマー取材旅行の同行記である高野秀行『ミャンマーの柳生一族』(集英社文庫)も、約10年前にミャンマーへ行った私には、中央政府と戦い続けている少数民族の実情と、最近解放されたスー・チー女史の父で建国の英雄のアウン・サン将軍の歴史的役割を知ることができて面白かった。
X月某日
在コタ・キナバル出張駐在官事務所(旧総領事館)主催の天皇誕生日パーティー、そして日本人会主催の餅つき大会に参加した。こんな狭いところでも結構多くの日本人がいて、知らない顔が年々多くなる。先月に古くからの知人がマラリアで死亡し、その葬式にも参加した。私は幸いにマラリアに罹ったことはないが、免疫がないので注意しないといけない。
免疫の研究で1987年にノーベル生理学・医学賞を取った利根川進の、立花隆との対談をまとめた、立花隆・利根川進『精神と物質』(文春文庫)を約15年ぶりに読み返す。以前はチンプンカンプンだった内容が、本当に理解できているかどうかは別として、今はスラスラ読める。分子生物学の話の紹介は文科系親父には難しいが、今回もまた印象に残ったのが、最後に立花隆がムキになって反論する、「精神現象もいずれサイエンスで説明できるようになる」という利根川博士の言明で、超常現象を幾度か経験している私も反発を覚える。
2012/02/06 | カテゴリー:コタキナバル読書日記








