2011年10月−ココス諸島とクリスマス島のマレー人

題名の島の名前を聞いたことがあるだろうか。現在は両島とも豪州領となっているが、実はここは現在でもマレー人が多く住み、マレー社会が現存しているのだ。今回はこの両島の歴史を概観してみたい。

マレー人奴隷の島

 ココス諸島は、スマトラ島から約1000キロ南にいったインド洋上にあり、20以上からなる小さな諸島。現在の人口は600人弱で、民族構成をみるとマレー人が約7割占め、白人やジャワ人、中国人が残りを占める。

 ココス諸島は1609年にオランダの東インド会社のキーリング船長により発見された。ココスとはラテン語のココナツが由来とみえ、以後ココス・キーリング島と呼ばれるようになった。

 この無人島に人が住むようになるのは19世紀からだ。それまでにも上陸しようとする船長らがいたが、天候不順などで失敗。1824年にルコール船長が率いるフランス船が同島北部で座礁。乗組員が何とか同島にたどり着き、翌年に救助されたが、この時はじめて人が住むようになった。

 救助直後、英国東インド会社のジョン・クルニーズ・ロスが同島に上陸。上司でもあったアレクサンダー・ヘアに無人島の探索を命ぜられたようで、26年にアレクサンダーはマレー人ら奴隷約100人を連れて到着した。奴隷の多くは女性。このときからマレー語が同島で必然的に話されていった。彼は27年に家族とともに本格的に生活を始めたジョンとは仲違いをし、31年に離島。ジョンは彼の奴隷を引き取り、自給自足の生活を望んだジョンの島の統治が始まった。

 奴隷たちは主にパーム油生産に従事した。これをジョンはモーリシャス諸島やシンガポールに輸出して利益を上げていた。

 1836年には有名な『種の起源』を書いた自然科学者のダーウィンが訪問。マレー人らが奴隷として働いていることや豚やアヒルなどが飼われていたことも記している。

 ジョンは54年に死去。その後、島の経営は息子が引き継ぎ、5代150年にわたりロス一家が統治した。

 1878年に同島はセイロン(現在のスリランカ)の司法管轄となった。86年には、マレー半島のペラ州初代英国理事官となったバーチの息子が海峡植民地政府を代表してココス諸島を訪問。ロス一家は独自に貨幣を造り、輸入されたコメやコーヒー、タバコ、衣服などを売る店を独占し、高値で奴隷たちに販売していると記述。地元住民らは外部との接触が許されていないことや物価が高いことなどをバーチに苦情を呈した。この後、同島は海峡植民地の司法管轄となる。

 同島は電報中継局だったことから、日本軍が第二次世界大戦中に占領しようとしたが失敗。ロス一家は1978年まで同島を統治。1955年には豪州に管轄が移り、78年に豪州がこの島をロス一家から買い取り、現在に至っている。同島はマレー人が多数を占めることからマレー文化が色濃く残っている。一時期クアラルンプールとを結ぶ直行便もあったほど、マレーシアとのつながりは深く、交流も続いている。

採掘労働者でできた島

 スマトラ島から南に約500キロに位置するクリスマス島は、1615年の東インド会社のジョン・ミルワードが船上で発見したことが記録されている。命名は1643年12月25日にウィリアム・ミノスが通りかかったと言われている。

 その後、何度も上陸が試みられたが失敗し、1888年になって英国人と自然科学者が上陸に成功。そこで工業原料となるリン鉱が発見され、ただちに植民地政府に報告し、同年6月に英国領となった。ココス諸島のジョージ・クルーニーズ・ロスは91年にリン鉱採掘権を英国政府から得て、会社を設立。ココスのマレー人らとともに採掘を行い、95年からは輸出を開始。ジョージはココス諸島開発に注力するためにこの頃には引き上げていたようだ。

 98年には採掘労働者として数百人余りの広東人と、マレー半島やジャワ島からもマレー人が英国政府により送られた。マレー人はカンプン地区、中国人はプンサーン地区などに住み分けがされ、また、シーク教徒の警察官が治安維持にあたるなどマレー半島の状況とかなり酷似していた。

 リン鉱石は日本軍の標的となった。日本軍は空爆するなどして島を一時期占領する。1945年の終戦で、同島にも英国が復帰し、同島はシンガポールの管轄下となった。戦後、リン鉱採掘には英国、豪州、ニュージーランドが主に関わり、さらに採掘拡大でマレー半島から労働力を送るなどした。58年に豪州政府はシンガポールから同島を買収し、正式に豪州の領土となり、現在に至る。

 同島は現在約1500人が住み、中国人が人口の70%を占め、主に福建語と広東語が話されている。白人が20%、マレー人が10%で、マレーシアと同じように多民族が共存し、多言語が話されるという極めて面白い状況となっている。

葉一洋

 


2011/10/05 | カテゴリー:マレーシア摩訶不思議

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