2011年5月-イスラームの教育と意識の浸透度
マレーシアは独立以来、国教としてイスラーム教が採用されている。マレー人はほとんどといっていいほどイスラーム教を信仰しているが、歴史的にみた場合、イスラーム教の到来当初からその教えはしっかりと伝達されたのだろうか。今回はイスラーム教がどのように浸透していったのかをイスラーム教育の変遷とともに見ることにする。
到来と前近代の教育
マレー半島へのイスラーム教は14世紀のマラッカ時代にアラブ商人が伝播したとされる。当時のマラッカ王はアラブとの商業を円滑化させるために自ら信者となった。また、東海岸のトレンガヌでは1303年のジャウィ碑文が見つかっており、これら地域でもすでにマラッカ王国以前にイスラーム化が進んでいたともみられる。
しかし、実際庶民のレベルではイスラーム教はしっかりと普及したのであろうか。到来以降、各地にモスクや小礼拝所(スラウ)ができ、ここでコーランの読み方などが「教師」により教えられた。「教師」は、おそらく到来当初はアラブやインド出身のイスラーム教徒であったとみられる。その後、マレー人の間でもメッカに巡礼するものも現れ、「ハジ」として地元では尊敬され、教育を施すことになった。しかし、ここでの教育とは、単にアラビア文字の読み書きやコーランを暗誦させるだけにとどまっていた。
マレー半島北部では、イスラーム学校の一種である「ポンドック(Pondok)」が17世紀ごろから徐々に広がる。しかし、ここでも当時はほとんどといっていいほどアラビア語の読み書きなどを中心に教えていたとみえ、コーランを読めるレベルにまでしか教授できなかったとみられる。
つまり、イスラーム教が伝播されてから18〜19世紀あたりに至るまで、基本的な教えは普及したが、聖典『コーラン』などを体系的には教授されず、紙もほとんど普及していなかった時代にコーランの暗誦に頼るというやり方のみで、庶民の間には正確な知識が伝わっていなかったのではないだろうか。
近代に入って
近代に入ると、マレー半島ではイスラーム教への教育と意識の変化が徐々に出てくる。
19世紀後半にウェレズリー州に赴任したある英国人は、この頃のイスラーム教育について「ほとんどの男子生徒は書くよりもコーランのアラビア語を暗誦させられているだけだ」と記録している。以後、植民地政府は、ミッション系や公立のマレー語学校を設立し、マレー人の教育に力を入れていくものの、イスラーム教育についてはほとんど手をつけなかった。
しかし、イスラーム教徒自身が徐々に教育に目を向けるようになる。
ペナンやシンガポール在住のアラブ人らは20世紀に入り、ペナンで最初のイスラーム学校であるマドラサを設立させた。イスラーム教をしっかりと学ばせることを目的として設立され、以後各地にできていく。
また、マレー半島でイスラーム知識人としての「ウラマー」が19世紀になって本格的に各地に出現し始め、モスクなどでもウラマーによる説教や教育が徐々に行われていった。
このほか、マレー半島でイスラーム教育がこの時期に発展していったのには、印刷技術が導入されたことも大きい。印刷機がアラブ世界でも導入され、19世紀中ごろからインドやエジプト、トルコでジャウィ表記のマレー語の印刷が始まり、その後メッカでも印刷される。イスラーム世界のオスマン帝国は、現在のタイ南部のパタニ出身のウラマーにマレー語関連の出版を任せたために同出身のウラマーによる書籍などが多く印刷された。その後、イスラーム教育用の教科書や一般書籍なども印刷されるに至った。これらの印刷部数はまだまだ少なかったものの、マレー半島でのイスラーム教育に少なからず影響を与えた。
独立後の教育の確立
1956年にイスラーム宗教学校に関する委員会が報告書を政府に提出。それによると、これら学校は各学校で教育方針が違い、学年が設定されておらず、教育を受けていない教師が教授している上、アラビア語とコーランの暗誦に終始していると報告し、歴史や算数など一般教育科目がほとんど教えられていなかったという。
57年の独立後、新政府はこの報告書を元にイスラーム教育にも力を注ぐ。新たに設立された国民学校にイスラーム教育が採用され、すべての国民学校は統一したカリキュラムのもとで、マレー語やイスラームに関する知識を教えていくというもので、国民化政策の一貫となった。
また、財政的に寄付などで賄われているイスラーム学校に対して、政府は助成金を支給し、広い一般教育も含めた教育を施して発展させ、イスラーム教育の組織化を図っていった。
独立後の国民国家の創設に伴い、イスラーム教育は大いに発展し、イスラーム教徒の宗教意識も強くなっていった。
19世紀を含めた独立前の反英闘争がイスラーム教が核とならなかったことをみると、当時の宗教意識はそれほど強くなく、独立後の国民国家が意識をより深化させたといってもいいだろう。
2011/05/05 | カテゴリー:マレーシア摩訶不思議








