葡萄酒 百味旅 ~最初のひとくち 想いの滴~

第6回 一杯のワインで過去へタイムトリップ

私はタイムトラベラーである。残念ながら未来に行く方法は知らないが、過去に行く方法は知っている。もう幾度となく過去を旅したことがある。その気になればいつでも行ける。

長い冬が終わり、柔らかい暖かさに包まれながらブドウの木はその活力を蘇らせていく。大地に染み入る水分を吸い上げ、優しい太陽の光を浴び、恥じらいながらそっと小さな芽を覗かせる。春が終わり夏に差し掛かる少し前、小さな小さな白い花が咲き、儚くも消え忘れ形見に実を残す。
夏の日差しに育てられたブドウの実は見事なまでに成熟し、秋を迎える少し前、愛に満ちた人の手により摘み取られ、ゆっくりと丁寧にワインへとその姿を変えていく。
先日、il Pollenza(イル ポレンツァ)という高級イタリアワインを飲む機会を得た。その味わいは素晴らしく、その深みとバランスは完璧なる熟成が成しえたものと言える。ヴィンテージは2007年。その年の11月、私はマレーシアに降り立った。2007年、私は何をしていたであろう。翌年の2008年にマレーシアで洋食屋を開店するというプロジェクトに参加を決め、日本洋食文化の中心地・東京に移り住み、老舗洋食屋新宿アカシアにて勉強させていただきながら、東京近辺延べ100軒ほどの洋食屋を食べ歩き研究していたのが2007年。あの時抱いた希望と不安、あの時流した汗と涙。それはもう何処にもないけれど、2007年という時間はワインボトルの中にそのまま残っている。その年に降った雨、輝いた太陽の光、穏やかに吹きぬけた風、それら全ての恩恵に育てられ、自然の恵みを凝縮したブドウの実。収穫の喜び、沢山の笑顔、2007年という時間が一本のワインの中にある。一杯のワインを飲み、あの日のことを思い出す。一杯のワインが、私をあの時間に連れ戻す。
結婚したのはいつですか? こどもが生まれたのは何年ですか? 卒業した年、就職した年、マレーシアに赴任した年、大きな目標を達成した年。あなたにとってかけがえのない年、その年のワインを飲んでみませんか? あなたが頑張ったあの日の時間が、そのワインの中にあります。あなたが忘れかけているものも、その中にあるかもしれません。ヴィンテージでワインを選ぶ。一杯のワインであなたも過去に行けますよ。

82Sion-646357ee689c767c6f3df2d885821190_l

塩見 正道

2017/04/28 | カテゴリー:葡萄酒百味旅

このページの先頭へ