コタキナバル読書日記の記事一覧

2012年2月−マチスモ・コンプレックス、マレー上陸作戦の足跡、免疫と超常現象

X月某日

 例年の日本の大手電機会社の植林及びエコ・ツアーをコーディネートするのも5回目となった。植林には今年は初めてサバ大学の学生20名も参加して、にぎやかな行事となった。日本人学校の生徒たちも例年参加していて、毎回行う私の講演には、子供たちにも理解できるような内容をと求められて、画用紙に絵を描きながら熱帯雨林についての話をした。

 少年時代は色白く内向的で、絵を描くのが好きで漫画家を目指していた私は、ガサツな初老の男になった今でも、繊細な神経と、審美的傾きを保っていると自覚している。審美的作風の三島由紀夫の短編集『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)の中の「憂国」で、後に自殺する彼の美的理想がわかるが、死後に出てきた多くの情報から、元々肉体的にひ弱で、戦争に行く機会もなく、闘争心を発露した経験のない彼が、男性的行動に対してコンプレックスを抱き、背伸びしていた切ない心情がわかり、共通点の多い私には痛ましい。彼の自殺前の「日本は理念を喪失した無機質の国になるだろう」という予言は見事に的中した。

X月某日 

 久しぶりに西マレーシアへ来た。作家の船戸与一氏の、第二次世界大戦に関する小説のための取材旅行の同行案内で、日本軍のマレー上陸の舞台となった東海岸クランタン州コタ・バルのサバック海岸から、「ハリマオ」こと谷豊の父と妹の墓があるクアラ・トレンガヌ、そして日本軍迎撃用の英軍のトーチカが残るクアンタンまで、数日間案内した。

 コタ・バルに1995〜97年、その後2002年までKLに住んでいた私は、西マレーシアのほぼ全土で植林をしていたから、記憶が次々に蘇って楽しい旅だった。世界の辺境を巡って反政府ゲリラの小説ばかり書き、「ゴルゴ13」の原作も手掛けたことがある船戸氏との会話も、昔から国際問題に関心がある私には楽しかった。船戸氏のミャンマー取材旅行の同行記である高野秀行『ミャンマーの柳生一族』(集英社文庫)も、約10年前にミャンマーへ行った私には、中央政府と戦い続けている少数民族の実情と、最近解放されたスー・チー女史の父で建国の英雄のアウン・サン将軍の歴史的役割を知ることができて面白かった。

X月某日 

 在コタ・キナバル出張駐在官事務所(旧総領事館)主催の天皇誕生日パーティー、そして日本人会主催の餅つき大会に参加した。こんな狭いところでも結構多くの日本人がいて、知らない顔が年々多くなる。先月に古くからの知人がマラリアで死亡し、その葬式にも参加した。私は幸いにマラリアに罹ったことはないが、免疫がないので注意しないといけない。

 免疫の研究で1987年にノーベル生理学・医学賞を取った利根川進の、立花隆との対談をまとめた、立花隆・利根川進『精神と物質』(文春文庫)を約15年ぶりに読み返す。以前はチンプンカンプンだった内容が、本当に理解できているかどうかは別として、今はスラスラ読める。分子生物学の話の紹介は文科系親父には難しいが、今回もまた印象に残ったのが、最後に立花隆がムキになって反論する、「精神現象もいずれサイエンスで説明できるようになる」という利根川博士の言明で、超常現象を幾度か経験している私も反発を覚える。

三好良一

2012年02月06日
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2012年1月−最も寒かった戦争、地名にこめられた歴史、クリーン政治家の実相

X月某日

 元々冬の寒さが大嫌いな私は、28年前にサバ州に来てから快適に過ごしているが、最近観た昔の映画「卒業」の、サイモンとガーファンクルの「スカボロー・フェア」が流れるなかの秋の大学構内の場面に、落葉の季節もいいなと思った。私の好きな柿、梨、栗などはすべて秋の果物で、京都で新聞配達をしていた大学1年の頃、よく柿泥棒をしていたものだ。 

 ともあれ、寒過ぎるのはよくない。「ベスト・アンド・ブライテスト」でピューリッツアー賞を受けたデイヴィッド・ハルバースタムの遺作『ザ・コールデスト・ウインター朝鮮戦争』(文藝春秋)に描かれる、1950年から1953年のソ連書記長スターリンの死まで続いた朝鮮戦争で、北朝鮮と中国の国境地帯の寒さで米軍兵士が辛酸をなめる場面は、各段階の戦争の残虐さと同じくらい衝撃的だ。朝鮮戦争は、ヴェトナム戦争以前に米国が勝てなかった初めての戦争で、米国では「忘れられた戦争」だが、現在の北朝鮮問題の根源であり、また日本が戦争特需で戦後復興の足がかりとなった戦争として、忘れてはいけない。

X月某日 

 コタ・キナバルの原義は「キナバル山が見える町」であり、日本によくある、富士山が見える場所、つまり「富士見」という地名のようなものだ。クアラ・ルンプールは「泥(ルンプール)の三角州(クアラ)」、クランタンのコタ・バルは「新しい(バル)町」であり、地名にはそれぞれの意味や由来があるので、薄っぺらで空疎かつ強引な改名には反対だ。

 谷川健一『日本の地名』(岩波新書)は、日本各地の地名の由来を、地形、海流、気候、産物、生業、神話、伝承、古語、アイヌ語、琉球方言、古代朝鮮語等の要素から解き明かした啓発的な本だ。四国の徳島県(阿波=あわ)と千葉県の房総半島(安房=あわ)の間、それに、古代王権の移動を物語る、北九州と大和の間の共通地名の多さはよく知られている。また、水銀などの鉱物が豊富な中央構造線(長野・諏訪→三河・渥美半島→伊勢・志摩→紀伊半島・吉野川→紀ノ川→徳島・吉野川→佐田岬→大分・佐賀関→熊本・八代を通る断層)沿いに共通地名が多く、南北朝時代の南朝側の連絡通路だったという説は面白い。

X月某日

 先の戦争でサバ州に駐留していた日本軍兵士には愛知県出身者が多く、戦跡参拝で知り合った元兵士は、青年育成外目的の「中日子ども会」代表で、90歳を超える今も、母とこの創作遊びの講習で日本全国を回っているが、彼の生徒の一人が、海部俊樹元首相だった。

 その海部俊樹の『政治とカネ』(新潮新書)という回想録では、彼が属した、清廉・潔白とされた三木元首相の派閥でも裏金を使っていたことが述べてるが、当たり前の話だ。1975年、彼が三木内閣の官房長官の時、「スト権スト」で日本国中を8日間混乱させた総評(日本労働組合総評議会)の富塚三夫事務局長とテレビで討論して、完膚なきまでに相手を論破したのを観て、敵ながらあっぱれと舌を巻いたものだ。私も後に20代前半の時、京都と東京で別々の機会に2回、同じ大きな宗教団体の信者10人に囲まれ、夕方から朝まで入信を迫られて議論し、2回とも論破した。当時、海部氏と議論していたら、勝っていたかも?

三好良一

2012年01月05日
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2011年12月−日本人による戦争犯罪の残虐さ、米国人が教わるべき道徳

X月某日

 サバ大学で季節外れの盆踊り大会があると言うので、作務衣を着込み、息子たちは半被(はっぴ)、娘たちは浴衣を着て一家で出掛けた。炭坑節は私の生まれ故郷の大牟田の歌と踊りだから得意中の得意で、皆から拍手を浴びた。日本好きな現地人が多いのは嬉しいが、サバ州にも先の戦争の傷跡は各地に残っているから、複雑な思いをしている人は多い。

 30年ぶりに読み返した森村誠一『悪魔の飽食』(光文社カッパノベルス)は、大戦前から満洲で現地人やロシア人に生体解剖、細菌感染や凍傷などの人体実験を繰り返していた731部隊、または石井部隊の実態を暴いた実録本で、残虐な事実の描写は今読んでも衝撃的で、日本人であることが恥ずかしくなるほどに、その罪業に胸が痛む。保守派が、その続編での写真誤用を楯に内容を全否定しようとしたが、事実の重さは消えない。アウシュヴィッツのユダヤ人虐殺を扱った映画「夜と霧」も久しぶりに見て、戦争の悲惨さを実感する。

X月某日 

 サバ州で初めての、日本人中年男女のロック演奏会で、CCRやサンタナなどの懐かしい歌を堪能した。これらの歌が流行った1970年前後の世界は、変革の機運に満ちていた。その頃、リビアで無血革命を起こしたカダフィ元首が遂に殺された。彼は石油産業を国有化し、以後に第三世界が欧米の石油支配を覆す先例を作るという世界史的な役割を果たした。

 反米主義者の私は彼に共感を覚えていたのだが、デモをする自国民への空爆という不正義な暴挙に出てから心が離れた。正義に関する本として昨年話題になった、マイケル・サンデル『これからの『正義』の話をしよう』(早川書房)は期待して読み始め、すぐに落胆した。彼が現代米国の政治・経済・社会を蝕む諸問題解決のために提起する正義や道徳とは、要するに日本人が自然に備えている美徳や常識を、哲学的言い回しで説明しているだけなのだ。退屈さを我慢して読破したが、彼の意見が支持されているのは、優勝劣敗、弱肉強食の米国流価値観が破綻しつつあるからだろう。彼の日本人妻の影響も大きいようだ。

X月某日

 今年から、息子に昔の映画をダウンロードさせ、主に1950〜60年代の文芸的なヨーロッパ映画を観ているが、最近初めて観た1955年のインドの白黒映画「大河のうた」は、現在の低俗ボリウッド映画と全く次元が違って、ベンガル地方の田舎の、人情と自然の詩情豊かさに心がほだされる。雨が多いベンガルの自然は、日本やサバ州とも共通点が多そうだ。

 私は元々自然に対して関心は薄かったが、28年前に農業指導員として現地に赴任してから生態学などの自然科学が面白くなった。科学雑誌「ニュートン」などの多くの本を読んだが、特に自然科学と哲学の両分野にまたがる、立花隆『マザーネイチャーズ・トーク』(新潮文庫)で知的興奮を掻き立てられた。多くの第一線の科学者との対談から、人間とサル、人間と動物、動物と植物、健常者と精神異常者、免疫学における自己と非自己、生命と非生命などの多くの境界例や宇宙の構造などに関して、自然科学が達成してきた最新の知見を知ることができた。しかし、自然科学領域の進歩は速いから、アップデートが大変だ。。

三好良一

2011年12月05日
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2011年11月−パキスタンの混沌、開けられたパンドラの箱、銃後の女たちの祈り

X月某日

 私より長くコタ・キナバルに住んでいる一長期滞在者が電話してきて、最近友人と自費出版した本、氏原やすたか・波勝一廣著『知られざる素顔のパキスタン』(共栄書房)を寄贈したいというので喜んで受けた。彼は大手建設会社の技術者としてアジア各地でODA事業に関わり、そのうち11年半をパキスタンで過ごし、サバ州でもダム建設などに携った。

 パキスタンは、インド文明圏からイスラム文明圏への玄関口だが、他のアラブ諸国同様に部族の掟が優先されて近代国家の体をなしておらず、野蛮な刑罰も、自由恋愛への残酷な仕打ちも、極端な男女差別も存在し、児童労働問題では、いつもモデルにされる。とにかく荒っぽい国で、軍情報部がタリバンを創設し、オサマ・ビン・ラーディンを匿ったり、核兵器を持ったりする。そんな国ながら、著者の日常生活面での苦労や戸惑いについては、同じ元イギリス領のマレーシアで、私が経験したことと重なる点が多くて苦笑を誘う。

X月某日

 私が28年前にサバ州に来た時から、山奥の町でもパキスタン人はよく見かけた。膝まで届く長い上衣とダブダブのズボンの、シャワルカミスという白ずくめの服装をし、小さなイスラム帽を被って鬚を伸ばした、一見ヨーロッパ人のような風貌の彼らは、自転車で村々を回って布類を行商していたが、今は自動車で行商したり、町に店を構えたりしている。

 1998年にパキスタンは核実験を実施して7ヵ国目の核兵器保有国となった。原爆材料を同国に不法に持ち込んだのはカーン博士ではなく、実際はフランスの会社などが関わる闇取引であり、その会社が日本から運んだ核廃棄物からプルトニウムを抽出して、1992年に青森県六ヵ所村の再処理工場に運んでおり、パキスタンの核兵器開発に日本が関係していることが、広瀬隆『パンドラの箱の悪魔』(NHK出版)で指摘されている。この本では他に、オリンピックの舞台裏、金とダイアモンドの価格設定の欺瞞、核融合の不可能性、顕在化した環境ホルモンの影響など、人類が開けてしまったパンドラの箱の恐怖が説かれている。

X月某日

 我が家の近くに、現地人の妻の妹の娘、つまり姪の夫の家族が中華料理の屋台を店先に出していて早朝から賑わっている。たまに行くと姪の舅がいて、先の戦争の話をよくする。彼の村は、日本軍占領時代に軍票(軍事占領地用の貨幣)造幣所があり、多くの日本軍が駐留し、亡くなった。当時彼はまだ子供だったが、大人たちから常に話を聞いていた。

 村には依然多くの日本軍兵士の遺体が眠っているので、いずれ掘り起こして、彼らの無念を晴らしてあげたい。森南海子『千人針』(情報センター出版局)は、出征兵士の妻や母、恋人などが、無事な帰還を祈って、学校、職場、街頭などで多くの女性に呼び掛けて一針ずつ糸を通して玉結びにしてもらって兵士たちに持たせた、普通は手拭い状で主に腹巻に使われた特殊な編み物「千人針」を、戦後に元兵士や遺族たちから譲り受けた際の印象深い話を綴った本である。銃後の女性の立場に立つ筆者の反戦論は、戦争賛美の保守派の論点とは当然反対だ。私は反戦論は理解するが、情緒で通らない現実の厳しさも直視したい。

三好良一

2011年11月05日
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2011年10月−放射能汚染と心霊治療、中東問題の闇と エイズの文明論的影響、大昔の超大型動物

X月某日

長崎の私の一族は、以前は私の海外ボランティア活動に対して無理解だったが、世の中の見方が変わって、特に若い世代の姪とその夫が高く評価してくれ、先般の一時帰国時に会ったのを契機に、遂に一族として初めて現地に来てくれた。大村市で喫茶店を経営している彼らは、現地で有機サバ・ティーを仕入れたところ、幸いに評判がいいようだ。

自然志向の彼らの、昔の牛小屋を改造した店は、長崎で頻繁にメディアに取り上げられている。彼らに、田口ランディの『キュア』(朝日文庫)を寄贈されたが、作者の名前は知っていたものの、女性だとは知らなかった。近代医療に疑問をもつ医師が、生得の能力を活かして心霊治療に打ち込む話だが、彼が活躍するのが、近未来の原発事故で日本全体が放射能汚染にまみれる時期であり、そんな状況を2010年9月初版時点で予言しているので驚いた。同作者の、巫女的な能力をもつ女性を扱った『コンセント』にも感銘を受けた。

X月某日

今年も神戸のNGOが派遣した中高生33人を率いて、電気も水道もない山奥の村での1週間の植林・ホームステイを、今回も怪我も病気も出さずに実施した。彼らを送り出す側の意向は、植林の実績を上げることよりも、子供たちが異文化体験を通して、日本社会特有の狭くて不自由な価値観を打ち破り、広い世界観と自由な物の見方を育むことにある。

私に広い世界観と自由な物の見方を教え続ける立花隆の『思索紀行』(書籍情報社)は、彼が世界各地を旅して得てきた思索をまとめた本である。イスラエルのロッド空港乱射事件の岡本公三への単独インタビューから、日本では伝えられない中東問題の闇の深さを知ることができ、1980年代からの米国での健康志向の高まりはエイズ禍による死への恐怖の蔓延が原因であること、既に1980年代に米国の金融業が、後に世界中でデリバティヴが暴走するシステムを準備していたことがわかる。また、この本ではない別のエッセーから、トルコ・シリア等に残る原始キリスト教が非常に呪術的なのを教えられて感慨深かった。

X月某日

沖縄の中学生6名が、地元の新聞社主催の研修旅行で、6名の大人に率いられ、サバ州東海岸のサンダカンで熱帯雨林について勉強するために来て、私が通訳を依頼された。森林局の地元職員のマレーシア語による説明を和訳するのだが、いつもながら、私が彼らの簡単な説明をもっとわかりやすく具体的に敷衍( ふえん) するので、半分は私の講義みたいになる。

昼食を取るロッジの壁に、サバ州に生息するいろいろな動物の写真が掲げてあるので、その一つ一つを説明する。オラン・ウータン以外に、ボルネオ象、スマトラ犀(サイ)、雲豹(ウンピョウ)などが絶滅危惧種だと説明したら、彼らは神妙な顔になる。絶滅した動物を絵入りで説明した、今泉忠明『絶滅動物データファイル』(祥伝社黄金文庫)は、不謹慎ながら楽しい本である。約1万年前に終結した氷河期前後から近代にかけて絶滅した哺乳類と鳥類のうち、体長が6〜8メートルにもなる北米の大ナマケモノやアジアのインドリコテリウムなどの超大型動物には驚嘆させられ、失われた生物の多様性の大きさがわかる。

三好良一

2011年10月05日
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2011年9月-はかなく滅びる文明、アボリジンの深い精神生活、死の直視と生々しい死生観

X月某日

なでしこジャパンの活躍には、日本人と同じ顔立ちで体格も性質も似ている、サバ州の先住民族の妻も心から喜んでいた。小柄なアジア人でも欧米人に伍することができるのだという自覚が、第二次大戦の緒戦で日本が欧米諸国に勝って見せて、結局負けはしたが、戦後の第三世界の独立を促したことと同様に、第三世界の人たちを勇気づけることだろう。

同時に、大震災からの復興途上にある日本人へも勇気を与えた。あの大震災は、現代文明の崩壊による将来の人類の大量死を予告した現象なのだと私は認識しているが、考古学や生態学の研究から、現代文明が長続きしないことを論証した、ジャレド・ダイアモンド著『文明崩壊』(草思社)によれば、過去の世界中の文明の崩壊の原因は、環境の悪化に加えて、人間の意思も大きく影響していた。つまり、文明の脆弱性を認識して、生活態度や方法を変えられなかったのだ。読者は、この文明の崩壊に対しての覚悟ができていますか?

 

×月某日

今また、日本の夏休み、私にとっては夏働きの季節がやってくる。毎年実施しているサバ州山奥での植林・ホームステイだが、今年は大震災によって日本人の多くが内向きになった心理的影響なのだろうが、大学生ツアーの方は、応募人数が不足して残念ながら中止になった。中高生ツアーは例年通りに実施が決まり、今はその準備に明け暮れている。

先般の一時帰国の際に会った、春に参加した中高生の母親が送ってくれた、マルロ・モーガン著『ミュータント・メッセージ』(角川文庫)は、ニューエイジの古典の中でも最良の本の一つだ。ある米国人女性が、オーストラリア原住民のアボリジンたちと3ヵ月間、砂漠を放浪した体験記で、旅の前に彼女の下着を含む衣類、現金、鍵、装身具などの一切が燃やされる場面は衝撃的だ。彼らと同じく布一枚で旅をしながら、4万年前からオーストラリアに住む彼らの人生に対する深い洞察や、生得的なテレパシー能力などを見聞する。彼らが現代文明を既に見放して、地球を去る決断をしたという話は、実に示唆的である。

×月某日

形式的な既成宗教を拒否する私は、死んだら戒名も墓も葬式も要らないから、今までサバ州に植えた木の肥やしにしてくれと妻に言ってあるが、カトリックの妻は土葬に固執する。キリスト教やイスラム教は、死後に審判を受ける時に肉体の存在が必要だから土葬にこだわるのだが、ヒンドゥー教では死後の肉体には価値を認めないので火葬にする。

ガンジス河中流のベナレス(ヴァラナシ)は、ヒンドゥー教徒の最期の地だが、川岸のあちこちで薪を使って行われる火葬や、生焼けのまま、あるいは焼かずにそのまま河に捨てられたり、犬に食べられたりする死体がゴロゴロ転がっている情景の写真を多数載せた藤原新也の1972年の「印度放浪」には、若かった私も大衝撃を受けた。その彼の1999年発刊の『沈思彷徨』(筑摩書店)では、痛みや匂い、湿り等の肉体的な実感、つまりリアリティのない議論の空しさを批判している。凄絶な死の直視から得た生々しい死生観を持つ彼は、最近のHPでも、大震災についての被災者の実感から離れた議論を槍玉に挙げている。

三好良一

 

2011年09月05日
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2011年8月-この世の楽園・江戸文明、懐かしき寺山修司、ソ連・ロシアの対日観

X月某日

 先月、一時帰国から戻ってしばらく、長崎帰郷の際に一族から聞いた、逝きし親族たちの知らなかった数々の話を思い出しては涙ぐむ日々が続いた。そう言えば、私と同年齢のスーちゃん(田中好子)も死んじゃった。私はキャンディーズの熱心なファンではなかったが、彼女の昔の映像を見て、同じ時期に青春を過ごした事実が胸に迫って泣けてくる。

 逝きし人たちは懐かしいが、渡辺京二著『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)では、幕末・明治初年に来日した外国人たちの多くが、当時の庶民たちが明るく平等で、物質的にも精神的にも満足しており、かつ礼儀正しく教養が高いことを羨望の思いで眺め、この文明が近代化のために消滅する運命にあることを悲しむ証言をしていたことがわかり、この逝きし世も懐かしい。江戸の大火について触れた証言もあり、大災害に取り乱さず、冷静に運命を享受する心性が、日本人の民族的特性なのがわかる。西洋人には楽園または理想社会に見えた日本の江戸文明の消滅は惜しいことだが、その心性は生き続けている。

×月某日

 今年に入ってすぐ始めた禁酒禁煙のうち、禁酒は先般の一時帰国の際に解禁したが、禁煙は続けており、知人がわざと私の顔に煙を吹きかけても動じない。その煙を見ながら、昔観た寺山修司の「田園に死す」という映画で、あるバーで二人の男が盛大に煙草の煙を吹き上げながら語り合う場面を思い出した。寺山修司は末節を濁して死んでしまった。

 彼が主宰していた「天井桟敷」の芝居は、私たちの年代より随分前なので、少しアングラ演劇に関わった私でも見ていないが、私は彼の短歌の一つ「マッチ擦る つかのまの海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや」が大好きで、日本社会が嫌になって飛び出す前の若かった私の心境にマッチしていた。彼の『さかさま世界史 怪物伝』(角川文庫)も、政治・文学・科学などの世界史の有名人たちを、彼らしいひねった見方で評論した本で、私の気分に合った。特にロシア革命前に活躍した怪僧ラスプーチンの話が面白かった。

×月某日

 我が家の近くに一軒、西洋料理レストランがあって、どういうわけかビーフ・ストロガノフが美味いので、たまに出掛けて食べている。私はロシアとはあまり縁がないが、ドフトエフスキーの小説などから、西洋でも東洋でもないロシア人の闇の心性には興味がある。

 そのロシアで1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故が、今年で25周年になる。ソ連を継承したロシアの日本に対する態度が、福島原発事故以来和らいでいるが、これまで日本に対して強面だったこの国の対日観が、ソ連共産党中枢で対日工作を担当していたイワン・コワレンコの『対日工作の回想』(文藝春秋)でよくわかる。ロシアからすれば、日露戦争の発端は日本軍の奇襲だし、長崎への原爆投下後の1945年8月10日の対日参戦は、迅速なる進軍となる。日本語が堪能な知日派の人にして、こういう風に物事の捉え方が全く違うのだから、国際理解なんて本当に難しい。やはり、ロシアは謎の国だ。

三好良一

 

2011年08月05日
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2011年7月-世界の神話の構造、サンダカン死の行進、若死にした美しき叔母

X月某日

 サバ州の主要民族のカダザン・ドゥスン族は、今はカトリックが多いが、19世紀のイギリス人の渡来前は、日本の古代神道と似た精霊信仰で、神話も似ている。日本神話で、スサノオノミコトが殺したウゲツヒメの死体から五穀が発生したとする農業起源譚も両者に共通している。この系統の話は東南アジア各地にあり、「ハイヌヴェレ型神話」と呼ばれる。

 吉田敦彦著『世界の始まりの物語』(大和書房)は、世界中の神話の共通の要素、つまり構造を述べたもので、レヴィ・ストロースが唱えた「構造主義」の意味も、この本でやっとわかった。日本のイザナギの黄泉の国下りと、ギリシアのデメテル神話がほとんど同じ構造であり、世界中にある洪水神話の断片が、イザナギ・イザミナ神話に残っている。国生みの最初の不具な子を捨てる話も、アジア各地にあること、古事記や日本書紀の神話だけが日本神話ではなく、世界の他の地域の神話の要素が混じっていることを知らされる。

×月某日

 禁酒禁煙が4ヵ月を超えた。40年の悪習のために体調は急には好転しないが、悪化はしていない。来週の一時帰国時の禁酒は難しいから、規制を緩めるつもりだ。66年前、帰国できずに死んだ大勢の日本人がいたことを思えば、日本に帰って酒が飲める私は幸せだ。

 豊田穣『北ボルネオ 死の転進』(集英社文庫)は、太平洋戦争末期、連合軍のサバ州東海岸への空襲が頻繁となり、サイゴン(現ホー・チ・ミン)の南方軍司令部の命令で、日本軍兵士、軍属、在留邦人、連合軍捕虜約2万人が当時の密林の中の道なき道を徒歩で約300kmも転進させられ、半数が命を落とした「サンダカン死の行進」を記録した戦記文学である。日本軍中枢の、現地の事情を無視した無謀な命令は、インパール作戦で敗走した日本兵の「白骨街道」と同じ構図である。この小説の主人公の一人の元日本軍兵士は、何度か現地に遺骨収集に来られ、私は親しくしていたので、身につまされる感じで読んだ。

×月某日

 約3年ぶりに、単身で1週間、一時帰国した。例年植林ツアーを数件受け入れている神戸のNGOの招待で、NGO主催の催しへの参加、関西学院大学での講演等の日程の合間に、約10年ぶりで長崎市へ帰郷し、葬式に出られなかった両親や、その他の親族の墓参をした。入れ替わり立ち代わり会いに来る一族との昔話、想い出話に、涙の乾く間がなかった。

 なかでも衝撃的だったのが、27歳で若くして亡くなった美しい叔母、つまり母の弟の嫁の、今年は50回忌に当たることを、その実子で、死後は我が家で引き取って実子同然に育った弟から聞いた事で、当時7歳だった私は、葬式前後の記憶が一時に甦って涙に咽び、以後は思い出しては目がウルウルしている。沖永良部島が舞台の、一色次郎著『青幻記』(筑摩書房)は、私の伯母同様に若死にした、著者の美しい母の最後の様子が幻想絵画的に美しく切ない私小説で、初めて読んだ時は叔母を連想したものだ。我が一族にはこの手の哀しい話が多く、そんな小さい頃からの環境が、私の性格を歪めさせた原因に違いない。

三好良一

2011年07月05日
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2011年6月-世界最古の伝承話、シュメール神話の起源、ヴェトナム戦争のざんげ

X月某日 

 サバ州があるボルネオ島は、1万2000年ほど前は、現在のジャワ島、スマトラ島、バリ島などと繋がって「スンダ大陸」という、インドシナ半島と繫がる地塊を形成していたが、氷河期が終わって海水面が上昇し、島々に分裂した。その頃、日本列島も大陸から分離し、ユーラシアと北アメリカの両大陸を繫いでいたベーリング陸橋も沈んで海峡となった。

 そのベーリング陸橋が沈む直前に、北アメリカ大陸に渡った先祖をもつ、北アメリカ先住民イロコイ族に伝わる伝承話を、現代の語り部のポーラ・アンダーウッドが記録したのが『一万年の旅路』(翔泳社)で、現存する世界最古の伝承話といえる。印象的なのは、神秘的な話も勇ましい英雄譚もないことで、何世代にも渡って最後に五大湖付近に落ち着く苦難の道中を、歌や冗談の掛け合いで乗り切る、その明るさに泣かされる。冒頭で、一族の移住の発端になった大津波の話が出てくるので、時節柄、その偶然の符合にも驚かされた。日本人が今回の大災害の悲劇から立ち直るのに必要なのは、明るさなのかもしれない。 

×月某日

 スンダ大陸の分裂をもたらした時期の世界中での水没の記憶は、ノアの箱舟のみならず、世界中に分布する洪水神話となり、日本のイザナギ・イザナミの国生み神話もその断片だが、起源は現在のイラクに栄えたシュメール文明のギルガメシュ神話なのは有名だ。

 今から5500年前に発生した世界最古のシュメール文明は、先行する文明や文化がない時期と場所に突然、政府、法律、文字、宗教、数学、天文学、度量衡、貨幣などがセットで一時に出現したという謎に満ちている。先に紹介した北米先住民の伝承話の蓋然性を考えると、ゼカリア・シッチン『神々との遭遇』(徳間書店)で、古代楔型文字の解読から導き出される、地球外知性体による文明創造説も説得性がある。現代のロケット、コンピューター、遺伝子工学、核爆弾などを彷彿させる神話は、インドだけではなくてシュメールにもあり、それら科学技術が古代人には神の仕業に見えて、神話になったのは当然だと思う。

 ×月某日

 禁酒禁煙が3ヵ月を超えた。私が飲酒喫煙を始めたのは、ニキビ満開、ギラギラしていた17歳の頃。当時はヴェトナム戦争が毎日の新聞の一面に出ていて、その戦争の根源を知りたいと思って、いろいろな本を読むうち、反米の共産主義シンパになったのだった。

 その頃、反戦運動家たちや、以前に紹介した『ベスト・アンド・ブライテスト』の著者ハルバースタムたちから目の仇にされていた、ケネディ・ジョンソン両政権の国防長官で、その後世界銀行総裁を務めたロバート・マクナマラは、『マクナマラ回顧録』(共同通信社)で、米国をヴェトナム戦争の泥沼に引き摺り込んだことを懺悔している。この本では初公開の機密書類からの引用が多く、彼が辞任直前に戦争の縮小に努めたことはわかるが、約300万人のヴェトナム人と約5万8千人の米国人青年の死に重要な責任をもつ者としては、その懺悔が論理的で整然とし過ぎ、エリート臭漂う「上から目線」の弁解としか思えない。

三好良一

2011年06月01日
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カテゴリ: コタキナバル読書日記

2011年5月-大津波の歴史、原発の危険性、神の不在と道徳心の由来

X月某日

 サバ州の山奥で日本の大学生32名を率いて植林中、大学生を連れて来た神戸のNGOのスタッフの携帯電話に、東北・関東大震災で日本中が大騒ぎしていると知らせてきた。暫くして、知り合いの在留邦人からも電話で知らせてきた。電気も電話もない山奥では情報が取れず、数日後にコタ・キナバルに着いてから、いろいろな報道で被害の実状に驚いた。

 津波に関しては、数年前に別の媒体の書評で取り上げた、吉村昭『三陸海岸大津波』(文春文庫)で、三陸海岸は古来から津波が多く、明治期と昭和初期にも大被害を受けて、高さ10mの防潮堤が築かれているのを知っていたので意外に思った。特に明治29(1896)年には2万人以上の死者を出し、昭和54(1979)年に長さ2433mに亘って防潮堤を造ったのだが、今回は、その高さを超える、多分約50mに及ぶ津波だったらしい。当該のNGOは、1995年の阪神大震災を契機に発足しており、東北でもそんなNGOが出てくるだろう。

×月某日

 先々月から始めた禁酒禁煙が2ヵ月を超えた。我が家の書斎では煙と火が絶えたわけだが、津波の被害を受けた福島第一原発では水素爆発が建屋を吹き飛ばし、核燃料が爆発しかねない事態を招いている。本稿を書いている現在、自衛隊等の必死の作業が続いている。

 近年、CO2を排出しないクリーンなエネルギー源として、原子力発電が見直される機運が出ていたのに、またもや萎みそうだ。一貫した原発反対論者の広瀬隆は『東京に原発を!』(集英社文庫)や、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故等に関して、多くの著書で原発の危険性を訴え続けてきた。最近元気がなかったが、また彼の本が売れ出すだろう。彼の、原子力事業を含めて、武器・麻薬・貴金属・燃料などの取り引きをコントロールして全世界を影で動かす勢力間の関係や閨閥に関しても、昔に別の媒体で取り上げた『赤い楯』、それに『地球のゆくえ』『危険な話』などの著作もまた、多くの人に読まれることを期待したい。

×月某日

 当地の銀行に、日本の知人宛の個人的な送金依頼に行ったら、窓口の女性に(大震災被災者向けの)義援金と勘違いされた。日本人の道徳心の高さは現地でも知られており、日本人である私は、義援金を送る道徳的な行動を取るのが相応しいと思われているようだ。

 今回の大震災と津波の発生で、16年前の阪神大震災時と同様、掠奪も暴動もない日本人の道徳心と規律心の高さが各国の賞讃の的になっている。「利己的な遺伝子」で有名な生物学者リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』(早川書房)は、以前に本誌の読書特集で、別のコラム執筆者が推奨していて、是非読むべき本だと思っていた。この本の主題は、道徳心は宗教や神を必要とせず、人類全てが本然的にもっているということであり、宗旨の違いで残虐な殺人を犯す大宗教の虚構を衝いている。宗教心をもたないと軽蔑的に言われる日本人が、こういう大災害に対して、宗教心が強いとされている他国民よりも、遙かに道徳的なのは何故なのかを、全世界の人がよく考え、早く妄想から覚醒しないものか。

三好良一

2011年05月05日
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