2010年6月号-この人のセニョ~ム

日本人医師開業にいたるまでの苦労「この場でその重みをズシリと感じました」

江頭 省吾 さん

1957年長崎県生まれ。佐賀医科大(現佐賀大学医学部)卒業後、九州厚生年金病院、九州大学病院、広島赤十字原爆病院、済生会福岡総合病院、福岡市立能古診療所などで循環器系専門医や一般内科医を務める。2010年5月からHSCジャパン・クリニックに勤務。

 マレーシア唯一の日本人医師を擁する医療施設、HSCジャパン・クリニック(通称ハート・クリニック)が、クアラルンプールのHSCメディカル・センターに開業してからこの6月で1年になる。当地での開業を認められ日本人医師第一号となった山村譲医師の後を継いで同クリニックに赴任したのが江頭省吾医師だ。

 「マレーシア赴任の切っ掛けですか。福岡県の病院に勤務していた時に知り合った前任の山村医師を通じ、マレーシアで日本人医師を探していることを知ったことですね」と語る江頭医師。「ここに来る前、離島医療や医師一人だけの診療所を担当したことも一つの伏線になっているかな」とも。

 江頭医師と同年代の医師には、一度は海外で働いてみたいとの希望を抱いている人も多い。しかし家族の問題などもあり、実際にそれが実現できる医師は非常に少ないというのが実情。江頭医師も海外で医療活動をしたいとの思いをかねてから抱いていた。意欲、地元からの要請、海外に行ける条件…。幸いにもそのすべてが揃った。

 「移住する日本人退職者が増えていることもあり、マレーシアで日本人医師が求められているという地元の思いがひしひしと伝わってきていましたからね」。

 マレーシア厚生省は、自国人の医師を保護するため、日本人医師への免許交付を渋っていた。この壁を乗り越えようとKL日本人会のセカンドホーマー有志が中心となって、医療機関や当局に何度も働きかけを行ったが、道は険しかった。リオウ厚相に直談判する機会を得てようやく扉が開いたのだ。

 実際に赴任して、日本人医師開業にいたるまでに地元で積み重ねられた苦労の重さを「ズシリと感じました」と吐露する江頭医師。

 「地元でのいろいろな努力の結果、せっかく門戸が開いたのですから、このクリニックを定着させ、それを閉ざさないようにしていくことが私の役割だと思っています。健康面で気になることがある方や、かかりつけの医者以外の医師からセカンド・オピニオンを求めたいという方は、気軽にご相談ください。少なくとも不安を和らげるお手伝いはできると思っていますから」。

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