2010年9月-この人のセニョ~ム

元駐在員と数年ぶりに再会し昔話に花が咲く。「長く店をやっていてつくづくよかったと思う」

大西貴之さん

1970年2月京都生まれ。来馬以前は京都以外に出たことがなかったという生粋の京都人。同地のホテルでバーテンダーとして3年はほど働いた後、ファッションビルに喫茶店をを出し4年間営業する。1998年12月にKLで「やしのみカフェ」をオープン。

 喫茶店を出していた京都のファッションビルの改装に伴い、立ち退きを迫られた。結婚して3ヶ月しか経っていなかった、今から13年ほど前のこと。「外国でお店を出していたいとかねてから思っていたので、それを契機に海外に出るのもいいかなと気持ちを切り替えた」と当時を振り返る大西貴之さん。

 「南国のリゾートに対する憧れがあったこと、比較的治安がよくて物価が安く自然も豊かである点を考慮してマレーシアがいいかなと、ここを選びました。」

 当初はランカウイで仕事を探したが、飲食業界のベテランから「日本で喫茶店営業の経験を持っているのだから、それを生かして駐在員の多いクアラルンプールでお店を開いたらどうか」とのアドバイスを受け、KLに「やしのみカフェ」をオープンした。

 アジア経済危機後ではあったが、「建設業を中心にこんなにたくさんの日本人がKL近郊で働いているのか、と驚いた。」(大西さん)

 在住日本人や出張者でお店は賑わい、順調な船出を飾った。

 「さまざまな業界の海外体験豊富な方々から面白い話を聞けるのが、この仕事の楽しいところですね」と大西さんは語る。

 その後、新型肺炎SARSの流行で出張者が途絶えたり、企業の統廃合に伴う駐在員の削減、リーマン・ショック後の経済危機という荒波も受けたが、「日本の喫茶店にある『普通のメニュー』がまれーしあでも味わえるのがうれしい」という熱心なファンをつかんだ。

 「昔マレーシアに駐在していた方が何年も経ってから出張や旅行の折に、『マスター、まだお店やっているんだ』と訪ねてきてくださることが度々あります。そんなとき、ながくやっていてよかったなぁ、とつくづく思います。」

 「目の前に海が見える家に住むのが夢」と言う大西さんだが、KLでの暮らしもまんざらではなく、「これでビーチがあれば、ずっと住みたいくらい」と笑顔で語ってくれた。

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