2012年10月-この人のセニョ〜ム 小林友和さん

マレーシアには、たくさんコートがあるから、どんどんテニスをして楽しんでほしい。

1975年、愛知県名古屋市生まれ。学校卒業後デザイン会社、広告代理店、映画関連会社で働く。2005年から7年間、ニュージーランド、オーストラリア、上海各地でテニスの指導にあたる。2012年来馬、日本人を対象としたテニススクール「TOIACADEMY」を開講。

 テニスを始めたのは高校時代で、テニスに没頭した。社会人になってからもテニスは続けたが、たまたまテニスを教えたら、「教え方がウマイ」と評判になり、働きながら、夜はテニスコーチとして、二束のわらじを履くことに。

 日本を離れてニュージーランドへ渡ったのは、小林さんが29歳のとき。「海外で自分を試してみたいという気持ちは、ずっとあったのですが、なかなかタイミングが合わなくて。30歳がワーキングホリデーの年齢制限だったので、『今しかない!』と、ニュージーランドに行きました」。語学学校に通いながら、ここでもテニスを指導した。「周りの日本人は皆、日本食レストランで働いていたのですが、『私にはテニスがあるぞ!』と、チラシをつくって生徒を募集し、テニスを教えていました」。日本でも評判だった小林さんの指導は、ニュージーランドでも受け入れられた。日本人はじめ、ニュージーランド人やインド人、韓国人の生徒たちも集まり、「語学学校の授業に出られなかったことも・・・」。

 ワーキングホリデーを終え向かった先は上海。「上海でテニスコーチの求人があったので」と小林さん。その後、本格的にテニスの指導法を勉強しようとオーストラリアへ渡り、卒業後は再び上海へ。上海では6年間、主に日本人駐在員のテニス指導に関わる。「午前は駐在員の奥さまたち、午後はこどもたち、夕方は駐在員の人たちの指導をしていました。こどもたちから『友だち付き合いが苦手だったけれど、テニスを始めてから好きになった』など、テニス以外の生活面で『いいことがあった』と言われると、うれしかったですね。教える喜びを感じました」。

 今年マレーシアで、日本、ニュージーランド、オーストラリアで培った経験を生かし、テニススクールを開業。「マレーシアを選んだ理由ですか? 独立して開業するのは東南アジアと決めていて、インドネシアやシンガポールも考えていたのですが、まだ日本人コーチがいないこと、治安や物価面などからマレーシアに決めました」。

 上海の生徒さんからは「(上海では)こんなに生徒さんいたから、コバがマレーシアに行っても、大丈夫だよねー」と送る言葉をもらったそうです。

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