2012年7月-この人のセニョ〜ム 西尾亜希子さん

人との出会いを大切に、段差の低い階段を「ヨイショ」と一段一段登っているところです。

1975年、岐阜県多治見市生まれ。島根大学法文学部卒業後、日本語教師の資格を取得し、来馬(日本語教師として最初の赴任地がクアラルンプール)。2004年4月、クアラルンプールで語学学校「ATOZランゲージセンター」を立ち上げ、10年にはジョホール・バルに分校を開く。

 「(日本語教師としての)海外就職先に挙げられていたのが中国、韓国、香港、台湾、マレーシアの5ヵ国。マレーシアを選んだのは、その5ヵ国のなかで1個だけカタカナの国だったから」と(初っ端から「相当楽天的」発言で驚かされました!)、「ATOZランゲージセンター」校長の西尾亜希子さん。

 西尾さんの楽天的お話はさらに続く。日本語教師として、マレーシアにある日系語学学校で働くことになったが、「マレーシアはどんな国なのかも知らないまま、スーツケース1個で来てしまったので、周りが驚いていました。スーツケースの中身ですか ?そのころは化粧もしていなかったから、英和辞典に和英辞典、ズボン2枚とTシャツ3枚だけでした(笑)」。

 こうして異国の地・マレーシアで、日本語教師として働いて、気がついたら3年半が経過。「何か別なことをやりたい。ほかの国に行ってみたい」と思い悩みはじめていたとき、知り合いから、「日本語学校をやらないか」と声をかけられる。

 「学校経営の経験もなかったので、断るつもりだった」が、機を逸し(?)、ATOZランゲージセンターを立ち上げる流れに乗った。「スタート当初は、教師は私一人。チラシ配りから電話番、受け付け、掃除も私一人」。きっと、相当大変だったに違いないが、チラシやクチコミの効果で生徒数も徐々に増え、外から日本語教師を一人、また一人と雇用する余裕も出てきた。

 学校をはじめて今年で8年目。日本語クラスに加えて英語と中国語のクラスも新たに設け、現在10名の教師を抱える。日本語クラスについては、日系企業で働くローカル社員を対象とした「出張教室」も好調だ。「現在は『日本留学プログラム』に力を入れています。マレーシアの人たちにナマの日本を見て学んでもらいたい」と、今年4月にもマレーシア人5名を日本留学へと導いた。

 「今、仕事がとてもおもしろい。仕事を通じていろいろな人たちとの出会いがあります。いろんなところに顔を出して、何でも首をつっこみすぎるので、周りが迷惑しているかもしれませんが…」。

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