2013年1月-この人のセニョ〜ム エレス・ウォンさん

マレーシアの人たちに日本の心の美を学んでほしい

「フェイスプラス・バイ・ヤマノ」代表。1965年、ペラ州出身。地元の学校を卒業後、渡日。東京にある語学学校で日本語を学んだ後、働きながら山野美容専門学校の通信課程に進む。帰国後、1996年にイタリアンモザイク輸入卸の会社を立ち上げる。2012年2月、マレーシアで「フェイスプラス・バイ・ヤマノ」をオープン。

 「今、こうして私が、ルックイースト政策30周年のイベントに携わっていること自体、信じられません」。昨年12月上旬、マレーシア政府観光局から同イベントの協賛を得るためプトラジャヤへ向かうエレスさんに同行した。

 読者のなかには、昨年のクリスマス前に、KL・パブリカショッピングギャラリーで行われた「ルックイースト政策30周年イベント」を観に行かれた方もいらっしゃることでしょう。エレスさんはそのイベントの立役者。ルックイースト政策のもと、日本で学び、日本で学んだことを事業にいかし、母国マレーシアで花を咲かせたエレスさんご自身の(ルックイースト政策に対する)感謝の気持ちから生まれたイベントだった。

 「日本の心は美しいです。だからイベントでは『美』をテーマにして、マレーシアの人たちに、日本の美を届けたかったんです」とエレスさん。そう、エレスさんのいう「美」とは外見の美ではなく、内面の美。

 「日本で暮らした5年間、マレーシアでは体験できない日本の(心の)美に触れ、感動の連続でした。特にSharingとCaring、Lovingの気持ち。そしてネバーギブアップの精神。日本では学校に通いながら八百屋から居酒屋、喫茶店などいろいろアルバイトをしましたが、どこでも、日本の人たちのこうした心に接することができました」。この心の美を学ぶことこそが、ルックイースト政策の目的だったのではないかとエレスさんは言う。

 「私は建築資材のイタリアンモザイクの輸入卸をしていますが、過去に国立モスクにも資材を卸したことがあります。中国人がモスクの仕事を受注できるがわけないと、周りは笑いましたが、担当者に会って話をするために毎朝モスクを訪ねました。まさに、私が日本で学んだネバーギブアップの精神です」。その後事業も軌道に乗り、一昨年には「マレーシアでフェイスプラス・バイ・ヤマノを開かないか」と声をかけられた。山野美容専門学校の卒業生ではあったが、17年の時を経て、まさか自分が山野のブランドにかかわるとは想像もしていなかった。

 「I am notrich,but rich in my heart and mind」。ゆくゆくはマレーシアで、日本美容大学を開校し日本の美を伝えていくことが夢だとエレスさんは言う。

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