2013年6月-この人のセニョ〜ム 上野由美子さん

上野さん(中央)とスージーさん(左)、マヤさん

障害者と家族とのパイプラインづくり。
ビーズづくりで障害者支援を

ボルネオ・ナチュラルビーズ代表。千葉県千葉市生まれ。学校卒業後、介護福祉士およびケアマネージャーとして地元の高齢者施設で働く。初来馬は高校2年、少年少女合唱団東南アジア遠征のとき。マレーシア人との結婚を機に2007年コタキナバルへ。翌年、天然石のアクセサリー制作・卸「ボルネオ・ナチュラルビーズ」をスタート。

 セールスポイントは大自然。カンポン(田舎)ながらも、東マレーシア・ボルネオ島のサバ州で頑張っている日本人の方々、たくさんいらっしゃいます。今回はサバ州の州都コタキナバルで、障害者支援を続ける「ボルネオ・ナチュラルビーズ」の上野由美子さんを取材してきました。

 自宅を兼ねた作業場を訪れると、車椅子に乗った先天性の障害者スージーさんと、後天性障害者のマヤさんが天然石のアクセサリーづくりに専念している。「こんにちはー」と軽快で慣れた日本語で挨拶するスージーさん。スージーさんは日本語学校で日本語を習い、今では日本語をほぼ聞き取れるほどに上達した頑張り屋さんだ。

 「二人とも『車椅子』というだけで学校もろくに行かせてもらえなかった。ここで働きだした当初は数字の計算もできなかったんです」と上野さん。計算ができないとアクセサリーづくりもできない。だから、「算数はもちろんのこと、生活のマナーやモラル、性教育なども教えてきました」。

 日本ではケアマネージャーとして高齢者施設で働き、高齢者が楽しく通える新しいコンセプトの施設づくりにも関わった。「『高齢者』というひとくくりの固定観念をとっぱらって、一人ひとりの個性や年齢、体の状態を考えた施設です」。そのコンセプトはしっかり、今の障害者支援にも生かされている。

 「スージーは手が弱いから力の要る作業はできないけれど、繊細なことは得意。マヤは逆に繊細なものが作れない。だから二人いて、ちょうどいいんです」。

 天然石のアクセサリーづくりをはじめたきっかけは、「真珠と天然石に惹かれて。日本でビーズづくりのコースをマスターし、人を雇うなら障害者だと決めていました」。

 彼女たちを雇って約4年。ずっと順調満帆だったわけではない。「とくに最初は学ぶことが多いから、イヤな顔をするわけです。だから、『やる気がなかったら村に帰っていいよ。でも自立できなかったら外の人との交流もできないよ』と言い続けてきました」。

 彼女たちがここで働いたお金の一部はそれぞれ、家族に送金。使っている車椅子は、働いて貯めたお金で買った貴重な宝物だ。二人とも今、日本へ旅行に行くことを目標としてがんばっているそうだ。*日本人スタッフ(伊藤芳重さん)も天然石のアクセサリーづくりに参加しています。

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