2013年9月-この人のセニョ〜ム 会田敬太郎さん

konohito和食レストラン、日本人に来ていただければ、マレーシア人もきっと集まると思うんですよ。

「そば処 黒羽」オーナーシェフ。1967年10月6日、千葉県野田市生まれ。和食職人として東京で修業した後にインドネシア(ジャカルタ)、アメリカ(マイアミ、ミシガン)、オーストラリア(キャンベラ)を渡り歩き、2002年に初来馬。KLにある和食レストランで2年半働いた後再びジャカルタへ。2013年再来馬。7月「黒羽」を開業。

 生ハムサラダからレバーペースト、焼き味噌にピリ辛こんにゃく、炒り明太子…。今年7月にオープンしたばかりの「そば処 黒羽」は、その名のとおり手打ちそばを出すそば屋なのだが、私たち日本人の左党にはたまらない酒のツマミが揃うレストランだ。

 「よく『そば屋で生ハム!?』と驚かれますが、ほかではやっていないツマミを出していきたいと考えています。だから味的には和を入れていますが、和食にこだわらない。お客が『おいしい』と喜んでくれる料理を工夫して作って出すことが、黒羽の基本です」とオーナーシェフの会田さん。

 日本を出て、ジャカルタにある寿司懐石店で働き始めたのは22歳の時。時代がよかった。景気がうなぎ上りで、日本からの食材も安くてどんどん手に入った。当時の日本食事情はマレーシアよりレベルは高かったと会田さんは言う。ところが、98年に起きた暴動。会田さんは8年間働いたジャカルタからアメリカへ渡る。その後オーストラリアを経てマレーシア、さらに2年半後再びジャカルタへ。お声がかかれば機を逃さず飛んでいくのが「世界で勝負する」料理人の常…?

 しかし会田さんにはそうした気負いは微塵もない。

 「『和食職人はこうあるべきだ』というこだわりがなかったので、その土地で手に入る食材を使って、いろいろ考えながら日本食に近づけていければいいと思っていた」と会田さん。だから海外各地を渡り歩いた先で出会った日本人の調理人から学んだ知恵は素直に受け入れ、自分の料理に取り入れる。

 「例えば日本の米が手に入らなければ現地産米ともち米を混ぜる。カツ煮に使う現地産の豚肉も野菜と果物と一緒にマリネすれば味が出るとか」。

 話を聞いていて、なんだか日本の家庭料理を思い浮かべた。限りある食材でいかに日本の味に近づけるのか。

 「まずは日本人の方にぜひ来てもらいたい。そうしたらローカルの人たちも来てくれるから」。そのためにも日本人の口に合った料理を、現地調達可能な食材で作り出すことが会田さんの目下の課題だ。

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