2016年12月-この人のセニョ〜ム 星本 槿花 さん

常連さんに支えられて3年。これからもお店と

子育てを、気合いと根性でがんばります!

88interview-img_4337「茶寮 京都」のオーナーシェフ。1978年広島県広島市生まれ。エリザベト音楽大学演奏学科声楽専攻卒。広島の名門・広島学院に就職後、26歳で起業。雑貨の輸入卸や韓国に進出したい日系企業のコンサルタント事業を手掛ける。その後、和と韓国&洋風のフュージョンレストランを立ち上げる。2011年、来馬。2014年にKLで日本食レストラン「茶寮 京都」をオープン。

 

なかでも広島県人の間ではお馴染みの「茶寮 京都」。3年前に、KLのスリハタマス地区にオープンし、呑んべいセニョ~ムも気になっていたお店ですが、実は今回初めて訪問しました。「広島県出身の美人オーナー」と噂では聞いていました。はい、確かにスレンダーな美人で、ほんわかムードを醸し出す、笑顔の絶えない槿花さんですが、ココロは外見と違って、強い。「気合いと根性」で生きる、筋金入りのオーナーシェフ兼シングルマザーです。
槿花さんがそもそもマレーシアに住み始めた切っ掛けは、一人息子・世緑君の教育のため。「息子が中学受験体制に入る前に、いろんな体験をさせてあげたいと思ったんです。小3のときですね。そこで『海外へ留学』という選択をして、海外の留学事情のデータをとりました。マレーシアに決めたのは、中国語など英語以外の言語も学べることと、東南アジアにはきれいな海があるので、海の生き物が好きな息子にとっていい環境かなと判断しました」と槿花さん。
当時槿花さんは、地元広島市では芸能人やサンフレッチェ広島FCの選手たちが集まるという噂のレストランを切り盛りしていたが、「1年間は仕事をしないで子育てをしようと、親友に店を任せて渡馬しました」。初めて訪れるマレーシア。知り合いも誰もいないし、留学エージェントに頼ることもしないで、息子と二人、スーツケース抱えて後戻りなしの渡馬。なんて思い切りのいい槿花さん!
「日本を離れてみると、日本の良さがみえてきて郷愁にかられましたが、その一方でマレーシアに長く住もうとも感じ始めました。息子も最初は英語もできなくて大変だったようですが、クラスメートの誰よりも早く一般クラスに入れ、落ち着いてきましたし」。
「茶寮 京都」をオープンしたのは来馬から3年後の2014年。住んでいる家のオーナーから、「マレーシアでもレストランをやらないか」と声をかけられたのが始まりらしい。
「マレーシアにいると野菜不足になりがちなので、野菜がたくさん摂れる『しゃぶしゃぶ』がメインです。1年前から広島風お好み焼きも始めました。今年で3年目になりますが、常連さんのサポートのお陰だと感謝しています。『店の看板は5年が基本』と父から言われてきましたが、店を閉めないように、これからも料理や会話を通じてお客さまのために何かできればと精進していきたいです」。

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