2019年12月-この人のセニョ〜ム 池田 康子さん

池田 康子さん
私、すき間時間の使い方が上手なの。
昔は服の制作もすき間時間の活用だったわ

ギャラリー「藍綬」オーナー兼デザイナー。1944年10月6日、山口県宇部市生まれ。高校卒業後、8年間銀行に勤務。高校時代の同級生との結婚を機に大阪へ。1980年代から時代布を使った衣装や小物のデザイン・制作を始める。94年に初のファッションショーをパリで開催。97年からは、日本でもショーを定期開催する。2011年にパリに移住。

アンティークの着物「時代布」を使った衣装・小物のデザインと制作を手掛ける、75歳の現役デザイナー。2011年に拠点をパリに移した。KLに住む娘宅での一時滞在中におじゃましてインタビューを。

「フランス語なんてほとんどできないの。それでも生活できちゃうから不思議よね」。

あっけらかんと話す池田さんに、外国語ができずに凹んでいるこちらは、随分元気をいただいた。おまけに「『やっこちゃん』って呼んでね」と、初対面なのにフレンドリーなお声掛け。この飾らないフレンドリーさが、「やっこちゃん」にして、外国で快適に暮らす術の一つなのかもしれない。

パリに居を移した切っ掛けは東関東大震災。「パリにいる知人がすぐに連絡してくれて、3日後に移住を決めて、その4日後に行ったの」。パリの生活。時間を作っては街を歩き、ブティックや生活雑貨屋などを巡る。買い物はマルシェ(市場)派。地元のライフスタイルに触れられるし、開放感あふれるなかで見るカラフルで新鮮な野菜やフルーツが創作意欲をかきたててくれるからに違いない。

「今の仕事をするようになったのは、好きな服が見つからなくて、自分で自分の着る服を作ったことが始まり。お洒落度がなければつまらないじゃない。良い素材で、着心地がよくて機能性のある服をね。母からもらった銘仙の着物をほどいてキュロットや作務衣を作ったら、周りから『素敵ね』って言われたの」。少しずつ作品数を増やしていき、94年にパリで初めてのファッションショーでは「美術品だ」と評価された。 今から30年ほど前までは、多事多忙なご主人を支える毎日だった。「主人が高校の女子バレーボール部の監督をしていたから、家が合宿状態だったの。女子部員の世話から主人の会社の手伝い、自分の子供たちの世話に家事。毎日2時間くらいしか寝ていなかったと思う」。 それでも時間を見つけてはホテルやデパートのブランド店を巡った。「イッセイミヤケやギャルソン、コシノジュンコなどね。私、好奇心の塊で、すき間時間の使い方が上手なの。子育ても服の制作もすき間時間の活用だったわ(笑)」。 15年前にご主人が他界。「今の仕事をやらせてくれたのは主人。中途半端はしない。いい仕事をして、いいものを提案していきたい」と語る。

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