2020年1月-この人のセニョ〜ム ハー 有紀さん

ハー 有紀さん
明るく笑っていれば悩みも吹っ飛ぶ!
イポーで温かい日本の家庭料理をもてなす女性

1977年東京都目黒区生まれ。O型。日本でマレーシア人(中華系)のご主人と結婚、双子を出産。2003年来馬。2006年、地元の人たちにも受け入れられるようにレシピを改良しながら、家庭的な和食を提供する「居酒屋天狗」をオープン。2017年、レストランの2階に日本食材を扱うミニマーケットを、2019年11月には、グリーンタウンにカフェ「Natsu Kakigori」を開店。新鮮な果汁ソース使用のかき氷や手作りプリン、コーヒーゼリーのほか、パスタやチキンチョップなどが人気。

 

「料理とお酒がおいしいお店。週5ペースで通っていた店のオープンキッチンに立っていたのが、まさかのマレーシア人だとは!」。有紀さんと中華系マレーシア人のご主人との出会いは日本。注文時にほんの少し言葉を交わす程度、働く彼の姿はどうみても日本人だ。ある日のこと、彼がオフで、たまたま飲みに来ていて隣の席に。喋る言葉を耳にし、片言の日本語だったことに驚き話しかけてみたという。日本人だと思ってた~!マレーシア?それはどこ?へぇ~、中国人?ん??といった感じで、好奇心旺盛な有紀さんは畳みかけるように話した。意気投合、友達になり、いろいろと経て2年後に結婚。日本で男女の双子を出産し、1歳前に彼の実家があるイポーに引っ越した。 当初は子育てで手一杯。言葉の壁にぶつかり、半引きこもり状態に。「外に出ないと日本に出戻りだな・・・。これじゃいけない!」と、自らを奮い立たせ、当時、ご主人が営んでいた経済飯屋の手伝いを始めた。地元のお客さんと触れ合いながら、有紀さんはヒアリングのみで広東語を習得。笑われても、嫌味を言われても、怒られても、片言でもいいからとにかく使ってみる。そうするうちにどんどんと上達し、今では中華系も顔負けなほど流暢に。「生活のため、家族のため、自分のためにやれば、意外と何でもできます。たとえ時間がかかったとしても」と有紀さん。 日本食レストランを始めると、イポーにもたくさんの日本人が住んでいることを知った。今までは何となく一人ぼっち感を抱えていたが、日本人のお客さんとのちょっとした会話にとても心が癒されたという。 こどもたちは今年で18歳。有紀さんは義母の手を借りながら子育てに奮闘。小中と中華系の学校で学び、有紀さんが広東語を話すようになると、日本語は徐々に使わない言葉となり、次第に理解しなくなったという。「元気にちゃんと育ってくれたので問題なし!将来日本へ行きたいのなら、自分達で何とかするべし!彼らは『日本人でもマレーシア人でもない』のではなく、『日本人だし、マレーシア人』なのだから。反抗期もあったけど、今では家事やら何やらいろいろ助けてもらってます。自分に自信をもって、好きなように人生を歩んで欲しいです」。 2週間も日本へ帰ると最後の2日くらいはイポーのベッドが恋しくなる。有紀さんの故郷はすでにイポーなのだ。

 

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