2020年12月-この人のセニョ〜ム 安部光彦さん

コタキナバルのCFFマレーシア子どもの家

コロナ禍の今、支援スポンサーを探しています

 

安部光彦さん

1965年大分県生まれ。東京世田谷区にて知的障しょうがいしゃ碍者福祉ソーシャルワーカーとして働いていた2004年、青年海外協力隊員としてマレーシア・サバ州へ派遣される。その時に出会った貧困に苦しむこどもたちがきっかけとなり、2008年に現地法人「*CFFM(CFFマレーシア子どもの家)」を設立。現在家族と共にコタキナバル市郊外の村に在住。CFFJ(CFFジャパン)の代表理事を務めながら、日本の学生ボランティアをCFFMに派遣するワークキャップ事業も行っている。

私が青年海外協力隊員としてコタキナバル市にある知的障碍者施設で働いていた2004年当時、市内の路上にはたくさんのストリートチルドレンがいました。過去の苦い経験がら、私は「物乞いのこどもには一切関わらない、無視する」と心に決めていたのですが、ある日、路上で死んだようにうずくまっている小さな物乞の男の子と衝撃的な出会いをしてしまい、彼のような貧困のこどもたちこそ支援を必要としている!と、家族でマレシーアに移住する決意をしました。
もともと私の仕事は知的障碍者のある方々の支援です。大変意義のある重要ま仕事でしたが、なぜ貧困のこどもたちを支援しようと決意したのか。その理由は、彼らには「障碍者親の会」のような支援団体がないという状況でした。
どの国でも「親亡き後の障碍をもつ我が子の行く末」を心配する親たちが「親の会」を組織化し、我が子の気持ちを代弁して社会に対してアクションを起こしてきました。そしてこうした活動がこどもたちを社会の差別や偏見から守り、制度や法律制定の礎となってきました。日本でもマレーシアでも「親の会」の力や影響力は絶大です。その一方でストリートチルドレン、親から見放されたこどもたちは状況が全く違います。だから私は、行政を動かし法律をつくる「我が子を思う親の心」のようま原動力ほどの情熱には叶わめとも、それにとって代わる何かが彼らに必要だと感じたのです。それは一言で言ってしまえば、彼ら一人ひとりを心から大切にし、心から愛してくれる存在が必要だということです。
CFFMではこの原則に基づいて、一人ひとりに対して個別(自立)支援プログラムを実施しています。現在CFFMの人所児童は10名で、進学支援を必要とするCFFMの卒業生が3名。人数は決して多くありませんが、勉強以外にも様々な支援を実施しています。例えばCFFM退所後も社会の受け皿がないために支援が必要とされるケースなど。将来、このCFFMを存続させるのは、社会人として立派に成長した彼らだと私は考えています。
今年はコロナ禍で、来年にかけて大変経営が厳しい状況ですが、施設が存続していけるようご支援いただけることを願っております。1ヵ月50リンギのチャイルドスポンサーを募集していますので、ご検討していただければ幸いです。
CFFM(CFFマレーシア子どもの家)www.cffmalaysia.org
電話& WhatsApp:013-802-3547

*CFFとはCaring for the Future Foundation の略で、1995年に「こどもたちの支援」と「青少年の育成」を目的にフィリピンで発足したNPO団体。

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