2020年9月-この人のセニョ〜ム ユソフ・ガジャさん

こどもになりきって描く「象おじさん」 インスピレーションには待ったナシ!

ユソフ・ガジャさん

1954年ネグリ・スンビラン州ジョホル生まれ。小学校から高校までシンガポールにて教育を 受ける。72~ 75年、インドネシアのアート学院で学ぶ傍ら、積極的にグループ展にも参加。マレーシア帰国後は、広告会社でグラフィックデザイナーとして勤めるが、78年より本格的にイラストレーターとしての活動を開始。80年、福岡市美術館開館1周年記念特別展『アジア現代美術展』に出展、以後、国内外で名を馳せる画家として活躍。96年度『第10回野間国際絵本原画コンクール』大賞受賞。

 カラフルでユーモラスであどけない象の絵。ご存知の方も多いはず。幼い頃、動物園で象に乗る機会があった。その瞬間から象が大好きになり、象を描くようになり、7歳には画家を志していたという。両親の勧めで農業科カレッジに進学にするも数ヵ月で退学。自身の目標に向けてインドネシアの芸大へ入学した。

 マレーシア帰国後「Anak Alam」に所属し、画家や詩人、ミュージシャンといった芸術家たちと過ごした。そこにもう一人、「ユソフ」という名の青年がいた。ややこしいので仲間たちは、象の絵を描いていた彼を「ユソフ・ガジャ(=象)」と呼ぶようになったのだ。「こんな小柄な男が『象さん』だなんて。きっと誰もその由来を想像できんだろ?」と、ガジャさんは茶目っ気たっぷりに笑う。

 82年に結婚。3人のこどもに恵まれ、現在は7人の孫をもつ。結婚を機に、妻のザキアさんと自宅にギャラリーを作るも運営はうまくいかず、90年代は「シティ・スクエア」にギャラリーを借りて活動した。土日には画家を志す若者を集め、食べ物を持ち寄り、アートについて語らい、交流を深めた。

 「私の作風は『ナイーヴ・アート(=素朴派)』だ」。ナイーヴ・アートとは、専門的な美術教育を受けたことのない作家が描く、素朴で独創的な絵のこと。厳密にいえば、ガジャさんは芸大で美術を専攻していたのでナイーヴ・アートとは言えないかもしれない。しかし、彼はマレーシアのナイーヴ・アート界の先駆者として、次世代の画家たちを力強く牽引している。

 「こどもはみんなアーティスト。こどもの絵は、素朴でカラフルで陽気で活気がある。だから私はこどもになりきって描くんだ。インスピレーションはね、誰にでも降って来る、突然に。でも一瞬にして消える。その瞬間を逃すまいと常に描く準備は万端だ。たとえタオル一枚の姿でもね」。

 一方、絵本作家としてはこうも語る。「赤ん坊は毎日たくさん産まれてくるというのに、マレーシアには乳幼児向けの絵本が少ない。だから、0~4歳まで子が喜ぶ絵本をたくさん作っていきたいんだ」。ゆえに、国内外の絵本コンクールの審査員、絵本作家の育成にも力を入れている。

 バティック作家となったザキアさんと画家の娘と一緒に、現在はバトゥ・ケイブ付近にスタジオを構え、ワークショップや制作活動を続けている。

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