2022年7月-この人のセニョ〜ム アン・リムさん

初心と我慢、あきらめないで心あるサービスを
裏表なしに堂々と接すれば信頼関係は生まれる

アン・リムさん

1967年KL生まれ。8歳から始めたバドミントンで小学生高学年時にはKL代表選手として活躍。中・高は私立名門校に文武両道優秀学生として推薦入学。ナショナルチーム選手候補となるも辞退し、日本へ留学。千葉県にある日本語学校にて1年半で日本語を習得し、神奈川県の私立大学経済学部に入学したが、1年半で中退。95年、東京にある観光・ホテルマネージメント専門学校を卒業後、97年、東京のホテルに就職。2000年に帰国し、日系旅行代理店にて20年間勤める。22年1月に「Asahi Vacations Travel & Tours」を創業。

両親に海外留学を勧められ、英語、中国語以外の言語をと、日本留学を打診するも「日本なら費用は出さない」との言葉に火が着き、兄が買ってくれた車を売却して留学費用を捻出。自分で全て準備し、20歳という若さで日本へ飛び立った。

学校は素晴らしいが、寮の狭くて汚い部屋と共同トイレ・シャワーに耐えられず3日で退去、アパートを探した。日本語を一切話せない状態で一からの自活。スポーツ選手ならではの負けん気と粘り強さ、精神力がアンさんを奮い立たせた。

あるとき、友達の代わりに喫茶店で1週間バイトすることに。初日は運動靴で出勤した。動く度に靴が「キュッ」と音を立てる。「明日から違う靴で。本を読んだり休憩するお客様のための『静寂』もサービスの一つ」と優しく店長は諭した。別の日、店員が客の服にコーヒーを少しこぼしてしまった。店長は丁寧に謝罪し代金は受け取らず、クリーニング代を渡した。マレーシアにこんなサービスはない! と驚く。しかもこの店長は長く日本に暮らす中国人。仕事や日々の生活から日本特有の「もてなし」を学び実践しているという。彼のように心のこもったサービスを身に着けようと誓った。

単位取得のため名だたるホテルでの研修。当時はホテルの格が落ちるという理由で「東南アジア人は客前に出さない、料理に触れさせない」という差別的な考えをもつ人がいた。理不尽な仕打ちを受け、大きな寸胴鍋の裏に身を潜め涙することも。我慢の連続、淡々と業務をこなす。やがて実直なアンさんの働きぶりに気づいた上司や調理長の信頼を得て、仕事を任された。卒業後はホテリエとして5年間勤め上げた。 。

「自分が手掛けたものを身に着けている人を街中で見かける度に本当に嬉しく思います。ただ、まだまだブランドも自分も成長の途中。もっと色々な人に知ってもらい、インターナショナルなブランドにしたい。そのために今後も色々と仕掛けていくつもりです」優しく穏やかな一矢さんだが、その目にはそこはかとない力強い決意の炎が宿っていた。

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