2022年8月-この人のセニョ〜ム 比嘉 一矢さん

日本×マレーシアをコンセプトに世界に展開
飽くなき向上心で突き進むファッション道

比嘉 一矢さん

1993年3月22日AMPANG生まれ。幼稚園から中学までKL日本人学校に通う。中学卒業後、PJにある語学学校で1年間英語を学び、その後はグラフィックデザインを学ぶために専門学校に進学。卒業後は数年間デザイナーとして企業のロゴやポスターを作成。ストリートファッション好きが高じて、2012年にアパレルブランドHIGH CULTUREDに加わる。2021年からはサブブランドANOTHERⒶも展開中。

いつも一時帰国時に日本で服を買ってマレーシアに持ち帰っていたがそれができない。長く続くコロナ禍で私は悩んでいた。有名な海外ファッションブランドはマレーシアにも沢山あるが、ありきたりなブランドで固めたオシャレは面白くない。そんなときに見かけたのがHIGH CULTUREDだ。HIGH CULTUREDは、2008年にマレーシアで設立された、「日本×マレーシア」をコンセプトとした、ストリートファッションブランド。トレンドを押さえた高品質且つリーズナブルなアイテムでじわじわと国内外で人気を博している。日本でも大阪にある店舗やオンラインで購入可能だ。これは是非話を伺いたいと同ブランドのクリエイティブディレクター、比嘉一矢さんにインタビューを敢行した。

開口一番、「実は私の家族も以前セニョ~ムのインタビューを受けているんです」と驚きの一言。なんと一矢さんは、本誌5月号掲載の日本料理レストラン「梅亭」を経営する比嘉麻耶さん、亞耶香さん姉妹のご兄弟だった。沖縄出身の父とマレーシア華人の母が二人三脚で創業した「梅亭」を姉妹が継ぎ、一矢さんはデザイナーの道を進んだ。

デザイン専門学校で2年間グラフィックデザインを学んだ一矢さんは、その後デザイナーとして就職し、企業のロゴや広告デザインを手掛けて数年間経験を積む。「元々ファッションが大好きで、ずっとファッション業界でデザインをしてみたかった」そう語る一矢さんは2012年にHIGH CULTUREDに転職する。

同ブランドは元々「日本×マレーシア」というコンセプトはなかったという。BAPE、NEIGHBORHOODなどの裏原系ファッションが好きという創業者との共通点もあり、一矢さんが加わったことで日本のテイストを積極的に取り入れたデザインに舵を切ることに。創業者や仕事仲間からの信頼も厚く、デザインだけでなく総合的なディレクションも務め、今ではサブブランドのANOTHERⒶも一矢さんが中心となって展開している。

「自分が手掛けたものを身に着けている人を街中で見かける度に本当に嬉しく思います。ただ、まだまだブランドも自分も成長の途中。もっと色々な人に知ってもらい、インターナショナルなブランドにしたい。そのために今後も色々と仕掛けていくつもりです」優しく穏やかな一矢さんだが、その目にはそこはかとない力強い決意の炎が宿っていた。

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