2010年3月-ソフトパワー

引き出しを空けると「漢籍」が目にとまった。手に取れば孔子の「論語」。ホテルにはふつう聖書が置かれることが多いが、孔子の故郷である山東省のホテルでは「論語」だ。欧米人向けに英訳もある。紅衛兵が赤い「毛主席語録」を振りかざしながらデモをした40年前、「論語」は封建思想として打倒の対象だった。時代は大きく変わった。

北京で開かれた国際関係のフォーラムの後、中国側が孔子の故郷の曲阜(きょくふ)観光に誘ってくれた。同行した中国研究者は「中国では伝統思想への回帰が盛んです。胡錦濤政権になってからのスローガンも儒教精神を踏まえたものが多い」と、儒教ブームの背景を説明する。リーマンショック以来、世界の需要と消費が冷え込むなか、中国の自動車生産と販売台数がついに米国を抜いた。低賃金を武器に「世界の工場」となった中国は、生活水準の向上による旺盛な消費意欲から、いまや「巨大市場」への道を歩む。おっとマレーシアだって、ジョホールバルからの鉄道複線化や、マラッカ海峡横断大橋など大規模インフラの資金調達は中国頼みだよね。経済大国となり国民が豊かになるのはよいが、結構ずくめではない。

中国の成長は冷戦終結と世界を覆うグローバル化のおかげである。グローバル化を単に「国際化」と読んではならない。資本の論理は、「国境」をたやすく超え、国家や政府の役割を減衰する。低賃金で朝から晩まで働く中国人農民工に、10〜20倍の賃金の日本の労働者が太刀打ちできるわけはない。千円を切るデニムが出回れば「デフレ」にもなるし雇用の機会は減る。これが国家や政府が抵抗できないグローバル化という意味である。話しを戻そう。米国のテーマパークそっくりの遊園地に、有毒冷凍ギョーザ。大国化とともに、モラル低下が原因とみられる事例が後を絶たない。放っておけば一企業にとどまらず、中国自体の信用失墜につながる。そんな折「人民日報」が「儒商(じゅしょう)」を取り上げた。「儒商」を「信」や「和」を尊ぶ商人とし「人間本意の管理をし、社会に報いるべき」と結んでいる。商業道徳が落ちているためだろう。

毛思想や社会主義イデオロギーを信奉する共産党員は、もういない。精神的よりどころを宗教に求める中国人が増え、キリスト教信者が1億人に達したとの報道もある。宗教のまん延は、共産党には脅威。儒教回帰は、精神的なよりどころを模索する焦りでもある。大国化は軍事力増強と相まって、周辺諸国の脅威感を増幅する。その点、儒教を「ソフトパワー」として押し出しても摩擦の心配はない。逆に儒教の伝統が残る日本や韓国、台湾など東アジアでは受け入れやすい。中国が中国語普及のため世界各地で設立している「孔子学院」が海外で増えているのも、儒教のプラスイメージがあるからだろう。  (了)

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