2010年4月-国家像なんていらない

 雪に埋もれた店が見えてきた。店の入り口には、「M」を形取ったお馴染みのゴールデン・アーチ。モスクワのクレムリン近くに、このハンバーガー・チェーン1号店がオープンしたのは20年前の2月である。「コーク」と並び、「マック」の魔力は偉大だった。共産主義イデオロギーは、1ドルのハンバーガーにあっさり飲み込まれたからだ。

 オーバーの襟をたてたモスクワっ子が連日、店の周りに長い行列をつくった。長さを調べたら2キロもあり、並ぶのをあきらめたこともある。資本主義のにおいと味は試さねば分からない。20世紀の世界を2分したソ連はその翌年消滅し、ロシアに変わった。

 大統領になったエリツィンが、孫娘の手を引いて1号店を訪れ、TVニュースになった。ハンバーガーをテーブルの上に置いた彼は、おもむろにバンズを開き食塩を乱暴に振り掛け始めた。大口開いてほおばったエリツィン、ウインクしながらカメラに向かって親指を立てたのだった。油と塩分の多いロシア料理に慣れた彼の舌には、「資本主義」はさぞかし頼りない味だったのだろう。世界中どこでも同じ味とされ、アメリカン・スタンダードの象徴といわれたハンバーガーだが、このニュースを見てから信じるのを止めた。エリツィンが試食した後、きっと塩分を増やしたに違いない。

 モスクワには3年住んだ。エリツィンはドルとルーブルの為替相場を一気に変動制にした。毎日下落し続けるルーブルの価値は、3年間で150分の1になる。ドルさえあればなんでも手に入る世界は、裏返せばルーブル貧困者を大量に生み出した。取材で知り合ったモスクワっ子に、1ヵ月に必要な生活費を聞いて驚いた。「100ドルあればなんとか」と言う。当時も円高だったから100ドルは9000円程度。モスクワで流行始めた「にぎり寿司」をホテルで食べれば100ドルでは足りない時代だ。パンとミルクを手に入れるため2時間行列し、自家用車を「白タク」にして、わずかなドルを稼ごうとする市民の生活をみるにつけ、「国家って頼れるのか」という疑問が頭から離れなかった。

 オット紙幅が足りなくなるぜ。話を日本に変える。日本ではNHK大河ドラマ「龍馬伝」がブレークし、ちょっとした「龍馬ブーム」だ。「抱かれたい男」NO.1の「福山雅治効果」もあろう。ブームのキーワードは「国家」だと思う。国と政府の力を弱らせるグローバル化が進むなか、個人と国家の命運が固く結び付いた時代へのノスタルジア。国家幻想への回帰願望だ。自民党の長期支配に代わり誕生した民主党連立政権の支持率は5ヵ月で凋落。メディアは何かにつけ、その理由を「新しい国家像を描けないため」と書く。本当にそうだろうか。国民国家の時代を終えた先進国で「新たな国家像」を追い求めるのは、ユートピアにすぎない。お聞きします。国が「新しい国家像」を出したらあなたはついていきますか?      (了)

オットット爺や

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