2010年7月-カバーをお付けしますか?

 「本カバーはお付け致しますか? 日本の書店に行けば必ずこのような質問をされる。初めて聞いた時は少し驚いた」。

 こんな書き出しで始まるコラムが、日本に留学する外国人(約13万人)のコラムコンテスト(主催GlobalVoices from Japan)で優秀賞をとった。筆者は早稲田大学政経学部2年の中国人女子学生、翟爽(てき・そう)さん。本にカバーを付ける習慣は母国にはなく「日本のサービス業の質の良さ」に、カルチャーショックを受けた。

 だが彼女の問題意識はやがて、本にカバーを付ける日本的習慣から、人間関係の距離をめぐる日本と中国の違いへと向いていく。日本人と接触する機会が増えるにつれ意外なことに気付いた。初対面の相手でもあまり距離を置かない「中国式」態度で接していると、友達ができない。中国人は初対面でも「相手に言いたいことがあれば、それが<KY>だと知っていてもきちんと伝える」と、彼女は説明する。

 一方、日本人は「どんなに仲良くても一定の距離を保っている。あの子とは<友達>だと言っていても、相手に嫌われるのを恐れ、自分の本当の意見を隠し、場の空気に合わせるのが<日本流>」だと知る。

 コラムは「カバー」に戻る。カバーは、本をきれいに保存することだけが目的ではない。「本の内容を他人に見せたくない〜中略〜他人に自分が考えていることを知られたくないという自己保護意識」のためではないかと分析するのだ。

 その洞察は鋭い。家庭教育から学校教育、さらに社会に出てからも「和」と「協調」を美徳とたたき込まれた読者も、心当たりがあるだろう。異端視されることを恐れ、ひたすら「同質」であることを求める。そこからはみだせば「いじめ」の対象になる。マレーシアで暮らす皆さん! 異文化に触れて、内在する「日本」を相対化するせっかくの良い機会を無駄にしないでください。

 「そういうお前はどうなんだ?」白状します。エー私がブックカバーをするのは、題名が分かると、性格や趣味を類推され、引いては「知的レベル」まで見抜かれはしないかという不安からです。弁当の中身を知られぬよう、弁当箱のふたで隠す心理と似ていますね。おかずの中身から「貧しさ」をさとられたくない。そこから「みんな同じ給食」の発想が生まれた…

 彼女は最後に「本にカバーを付けていると同時に、自分の心にも<カバー>を付けているのではないか」と、批判的な目を向ける。その通りだが、心配ない。日本でも間もなく「電子本」の時代が始まる。まさか「iPad」に「カバーお付けしますか」とは聞かないと思うけど…

翟爽さん。彼女の作品を掲載する「Global Voices from Jppan」 http://glovoicesjp.com/?lang=ja

オットット爺や

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