2013年1月-家事夫 かじお

「うちの女房が最近、朝出かけて夜遅くまで戻らないことがあるんだよね」。大学の昼休み、60歳代後半の古参教員が、こんな身の上話を始めた。昼飯のどんぶりをかき込みながらの話、切迫感はない。「まさか、オトコ?」と冗談かますと「セミナーに行っていたと答えるんだ」。

セミナーか、じゃあ新興宗教ですか?「はっきりとは言わないのだが」と前置きしながら「あいつはねえ、夫婦はそれぞれ別の人格で、別の世界観をもって然るべきと言い始めた」。ひたすら夫のために尽くすことを「美徳」としてきたこれまでの生き方を変えたい。夫に先立たれれば、そんな美徳など何の役にも立たないというわけだ。

夫人は至極当たり前のことを言っているに過ぎない。彼は現役時代、日本を代表する新聞社のスポーツ関係の部長を勤めあげ、定年退職後は大学教員に。酒は人並み以上に飲み、趣味といえばヨットにバイクのツーリング、囲碁、俳句、絵画デッサンと、悠々自適の生活。しかし言葉の端はしに「なに不自由なく、食わせてやっているのに…」という本音がちらほら。一家を構えたらオトコは企業戦士、オンナは専業主婦として「家を守る」が当たり前という固定観念の持ち主。かく言う「オットット」もその一人だ。

(c)SENA KUREBAYASHI
宙(おおぞら)出版

だが世の中は広い。30年来のある友人は料理、洗濯、掃除と家事全般をほぼひとりでこなす「家事夫」である。いわゆる「髪結いの亭主」じゃないよ。現役時代はアフリカ、欧州、アジアの三ヵ所で特派員を務めたことがある新聞記者だった。多忙な海外時代はともかく、東京では朝と夜は、彼が台所に立ち続けた。朝食は焼き魚にみそ汁。晩は、仕事帰りにスーパーに寄って買い物をして戻る。

息子一家が遊びに来る週末や休日には、ハンバーグにチーズ・ベーコン入りオムレツを作る。「こんなにおいしいオムレツ食べたことない」。小学一年になった孫が、覚えたてのお世辞で応える。料理は「自分で作るほうがうまい。妻もおいしいと言って食べてくれる」。掃除と洗濯も「別に苦にならないし、手際は彼女よりずっといい」と自讃する。財布は自分で全て管理し、夫人には必要に応じて「小遣い」を渡すという。

彼が家事をこなしている間、夫人はソファでテレビを見て待つ。まるで、休日に寝ころんでテレビを見ているオヤジの姿とだぶって見える。この夫婦、実は30年前、任地のアフリカで離婚した。当時小学一年生だった一人息子は彼が引き取り、ベビーシッターを雇って仕事を続けた。離婚して日本に帰国した妻は一年後に戻り、元のさやに。離婚の訳は明らかにしない彼だが、復縁の理由は「かすがい」(子ども)だったという。ちなみに彼の父親も、自分で料理を作った。一方、元新聞社部長の父親は記者で、家は妻任せだった。やはりオトコは父親の背中をみて育つのだ。(了)

オットット爺や

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