2014年3月-虚飾と詐欺の間

 すっかり欺されていた。「現代のベートーベン」といわれたあの作曲家のことである。昨年3月放送されたNHKスペシャル「魂の旋律〜音を失った作曲家〜」をたまたま観たせいか、広島の被爆二世で「35歳で聴力を失った後も絶対音感を頼りに作曲を続けた」という“神話”を疑っていなかった。番組の中で彼は「耳鳴りがする」と言っては、自宅の壁に自分の頭を何度も打ちつけ、床の上で七転八倒して苦悶する姿をみせる。

 無名の私でさえ筆が進まない時は、鼻毛を抜く“自傷行為”にふけるクセがあるくらいだ。まして偉大な作曲家なら、壁に頭を打ちつけるくらい当然と思っていた。ところが彼の「ゴーストライター」が2月初めの記者会見で、「耳は聞こえたはず」と暴露、神話創りの共犯者だったと頭を下げたのだ。

 そういえばこの「作曲家」、いつもサングラスをかけ杖をついていたなあ。悪いのは耳のはずじゃなかったっけ。「どうもおかしいと思っていた」なんて感想はすべて「後付け」。作家の林真理子は「週刊B」に「『人を見た目で判断してはいけない』と親や先生に教わってきたが、そんなことは嘘だとこの頃本当に思う」と書き、「『ものすごくインチキっぽい顔をしている』と周りにも言ってたぐらいだ」。「オットット爺や」の“見た目”を描けば「ものすごく危なそうなオヤジ」となるんだろうな。

交響曲「HIROSHIMA」演奏会のDVD

交響曲「HIROSHIMA」演奏会のDVD

 正反対の見方もある。作家の五木寛之は、交響曲第一番HIROSHIMAについて「戦後の最高の鎮魂曲であり、未来への予感をはらんだ交響曲である。これは日本の音楽界が世界に発信する魂の交響曲なのだ」。ちょいと褒めすぎ。でも音楽自体がいいと褒めているのであって、作曲家を持ち上げているわけではない。神話作りに協力はしたが、騙しの幇助には当たるまい。

 メディアは彼を「偽ベートーベン」と叩き続ける。だがCDもDVDも買わず被害に遭ったわけではないせいか、彼を憎む気にならない。そもそもわれわれの中に、多かれ少なかれ「虚飾」や「詐欺性」があるのだ。あらゆるビジネスは、商品と自分を高く売りつけるため必ず「物語」や「神話」を創作する。男女関係だってそうだ。出会いから恋まで、自分を虚飾した経験は誰にもあるだろう。「一夜の恋」の場合、男も女も会話の中身の責任なんて問わない。ウソもまたスパイスであることは承知の上。

 結婚をえさにカネをだまし取れば結婚詐欺である。ただ、詐術に興味を引かれるのは、騙しのテクニックの巧みさに感心し、欺される側の稚拙を笑うためだけではない。われわれもまた「詐欺」と紙一重の「虚飾」という名の細い綱の上を歩いていることに気付くからである。(了)

オットット爺や

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