2014年6月-マレーシア最新芸術事情

黄金の60年代

 5月6日の朝、通勤でいつもお世話になっているタクシーのドライバーさんが、珍しくラジオの音量を上げました。「ついにこの人も亡くなっちゃったんだよ。これでBujang Lapokも終わりさ…」。

 それは、マレーシア映画界の大御所、Dato’ Aziz Sattar(アジズ・サター)の訃報でした。私のなかでのアジズ・サターのイメージは、黒いソンコッ(マレー系の人々がバジュ・ムラユを着るときによく被っている帽子)を被った小柄な面白いおじいさんで、元気にコミカルな演技で人々を笑わせているかと思えば、俳優や映画人の権利などのために先頭に立って戦ってもいる人といったものでしたが、マレーシアの人々にとっては、やはり伝説の映画スター、P.ラムリーのBujang Lapok(ブジャン・ラポッ)シリーズ全4本に登場する3人の主役の一人として、特にマレー系の間では知らない人はいないほどの有名なコメディ俳優。1973年にP.ラムリーが亡くなった後も、残る二人のアジズ・サターとS.シャムスディンは伝説のコメディアン的な存在として活躍していましたが、S.シャムスディンが昨年の6月に逝去。そして今回のこの訃報で、P.ラムリーの時代が本当に終わってしまったんだなぁと、とてもさみしい気持ちになった人も多かったのではないかと思います。

 そのアジズ・サターが亡くなられる直前の4月27日、昨年のマレーシア演劇界における優れた作品を讃える、BOH Cameronian Arts Awardsの授賞式が開催されました。今年の式典のテーマは60’sということで、ドレスコードも60’s。これが日本だったら、欧米の60’sのノリが主流になるのかもしれませんが、ここマレーシアでは見事にP.ラムリーの映画ファッションが再現され、多くの若い女性たちが華やか、かつセクシーなニョニャ・クバヤに身を包んで来場。男性たちも体にフィットした三つ揃えのスーツに、赤いタルブーシュまで被る人もいて、映画のなかのP.ラムリーさながらでした。式典のBGMもすべてP.ラムリーの映画音楽。そのころの音楽、ファッション、文化が、若い人たちにも自然に共有されていることがすごいなぁと感心させられたのと同時に、本当に、60年代はマレーシアの黄金期だったのだなぁと、つくづく感じさせられた夜でした。

アティカ

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