2015年1月-マレーシア最新芸術事情

世界を救う男達の悲しい結末

 以前にこのコラムでご紹介したリュウ・センタット監督の“Lelaki Harapan Dunia /Men Who Savethe World”(以下LHD)。その公開直前から、KLの若手アート関係者の間では非常に盛り上がっており、私も遂に先週一家で鑑賞しました。センタット監督らしいユーモアがあちこちにちりばめられ、会場は笑いの渦。そして単に笑いだけでなく、政治家とそれを取り巻く状況や、イスラム教と黒魔術の微妙な共存具合とか、当地のマレー系の人々の様子をとてもよく描いた作品だったと思います。

 驚いたのは、いつもTVなどで見かける俳優さんたちが、いきいきと輝いていたこと。「うわぁー、この人たち、こんなに上手かったんだ!」と感心させられると同時に、監督の力量を見た気がしました。

 しかし一方で、一部のマレー系の映画監督たちが、あーだこーだとこの作品にケチをつけ始めました。「マレー人やイスラムに対する侮辱だ」、「中華系の監督がなんでマレーの映画を作るんだ」とか、「LHDをボイコットしよう!」と言い出す人まで。ついには、検閲局がこの作品の見直しを考えるまでとなり、上映禁止扱いになってしまうかもという異常な状態にまで発展してしまいました。こんな馬鹿げた足の引っ張り合いのようなことばかりしているから、マレーシアの映画界は近隣の東南アジア諸国よりも遅れてしまっているのです。

 マレーシアの演劇・映画界を背負って立つ名優で演出家のNAMRONは、LHD鑑賞後センタット監督に「おめでとう、いい映画だった。俺はうらやましい。」といった内容のメッセージをフェイスブック上で公然と送っていました。そう、今回騒いでいる人たちも、結局みんなこの“うらやましい”という思いからの行動なのだと思います。優秀なNAMRONはそれをきちんと認めることができる。だからさらにおもしろいものをつくろうと努力する。能力のない人たちは、プライドに踊らされ、悪あがきをする。自力で上る努力はせず、出る杭を打つことに労力を注ぐ。マレーシア映画がグンと一歩前進したかと思いきや、三歩後退させられてしまったような、悲しい顛末となってしまいました。

アティカ

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