2016年11月-マレーシア最新芸術事情

素敵な話の終わり方

去る10月のある土曜日、友人がフェイスブックで強く推薦していたお芝居を観に行きました。TTDIにあるKu Ashにて行われたその公演は「The Language Archive」というアメリカの劇作家ジュリア・チョーの作品を、俳優として知られるガフィール・アクバールが初めての演出に挑戦したもの。集客に苦戦してはいるようでしたが、すばらしい舞台装置と役者陣の演技で、なかなかに見ごたえのある作品でした。
主人公は“The Language Archive”という研究所でリサーチを行い、エスペラント語をも含む多言語を操ることができる言語学者ジョージ。その奥さんのメアリーが最近些細なことにも涙を流しているというところから物語は始まります。なぜ彼女がそんなにも涙するのか、それは夫のジョージが周囲のことにあまりに無関心で無感情だから。メアリーがその思いをぶつけてもジョージにはまったくピンとこず、二人の溝は埋まらないまま、ある日メアリーは家を出ることを決意します。彼女を引き止めたくても、どんな言葉をかけたらよいのかも分からないジョージ。研究所では、アシスタントのエマが彼に秘かに思いを寄せています。そんななか、貴重なアーカイブの音源を録るべく、絶滅寸前のエロウェイ語を話すという老夫婦が招待されてやってきて、話をかき混ぜ、そしてまとめていきます。
決してハッピーエンドではないけれど、よい余韻を残して終わったな~と思った瞬間、キャスト全員が出てきて「そして、その後~」を一人ずつ語り始めます。あ~、またこれだ。どうしてその後に何が起こったのかを説明しなければならないのか?あとは観客の想像に任せればよいではないか。と、そこで私はがっくりきてしまったのでした。
実際の戯曲のエンディングがそうなっていたのか、それともマレーシア版だけなのかは定かではありませんが、最後にこういう後日談を盛り込むお芝居や映画がかなりあります。帰り道に友人が、「だってみんな事の顛末を知りたいからじゃないの?」と言っていましたが、答えが一つではないところが芸術のいいところ。「あの後、結局どうなったのかしら?」という疑問を抱かせるぐらいのほうが、登場人物に想いを馳せる隙間を観客に与えると思うけどな~と、物語の終わらせ方について思いを巡らせたのでした。

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