2014年2月-小学校生活

 私の恩師や先生方のおかげで二週間の日本での体験入学を楽しく過ごした息子。私の母校は私が二年生の時に学区内の生徒数が多すぎて新設された学校だ。当時、ピカピカの校舎に、一学年たった2クラスでスタート。現在、近隣小学校は一学年に7クラスもあるというのに、母校の規模は小さいまま。どの学年も1クラスしかない。おかげで、先生方の目が行き届いた、なかなか良い学校になっていた。こどもだけで歩いて通学。通学路の危険ポイントにはボランティアや先生方が立っているので安心。放課後は荷物を置くとすぐに近所の公園で友達と遊ぶ。マレーシアは、学区が広いこと、両親共働きが多いこと、治安面から登下校はスクールバス、もしくは親の送迎が必須なうえ、放課後にクラスメイトと遊ぶことはない。息子にとって、こども主体で行動する学校生活は「大冒険」だった。

「食堂がなくて、教室で食べるんだよ! マレーシアは2回もご飯がでるのに、日本は1回だけなんだよ。学校にスナックやパンが売ってないから、朝ごはんをちゃんと食べないとお腹がすくんだよ!」。「掃除はね、掃除のおばちゃんじゃなくて、僕がするんだよ!」「大阪ではね、じゃんけんぽん! はインジャンホイ! って言うんだよ!」「ドッジって知ってる? ドッジボールっていうゲーム! 馬跳びとか縄跳びとか! マレーシアにはないねぇ〜」など、毎日が新鮮。

「アレルギーはありますか? キライな食べ物が給食で出た場合はどう対応すればよいか?」細やかというか、過保護だなと思うようなケアにもあった。アレルギー問題はわかるが、好きでも嫌いでも出された物は食べるしかないでしょ?と思ったのだけど。私は小学校の給食が大嫌いで、味噌汁とパンとひじきと牛乳とか、カレーと牛乳などの栄養重視の妙な組み合わせの日は涙を堪えて食べた。残してはいけなかったのだ。息子はそんなヘンテコリンなメニューにお構いなく、「日本料理が出る!」と大喜びでおいしく完食。

さて、話は戻って、息子が現在通う中華系公立学校。1クラス30人ほどの4クラス。午前の政府のカリキュラムが終わると、午後は学校が行う補習がある。食堂での席順、課内クラブに体育、全校集会とクラスとは違った顔ぶれで過ごすので、他クラスでも同学年の子は皆お友達。おかげで、二年生のクラス替えで親友と離れたものの、友達づくりには困らず去年にも増して楽しく登校している。

昨年から建設され始めた大きな新校舎は、この休暇で外装がほぼ出来上がっていた。100年以上の伝統ある学校だが、政府からの資金援助が少ないらしく、ボロい校舎に設備も簡素だ。新校舎は、学校関係者、先生方が企画するイベントでの募金活動、卒業生、在校生の保護者、地域の企業からの寄付金で建設されている。

どちらの国でも、こどもの未来を応援してくれるたくさんの大人がいることを学校生活を通して感謝し、いつか自分も貢献できる、そんな大人に育って欲しいなと思う。

ところで、もう「ブルマ」は消滅したんですね。一番ビックリしたのはソコでした。

利秀

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