2015年4月-我が家のCNY(チャイニーズニューイヤー) 2015

CNYは例年、義両親姉甥姪が各々 海外で過ごすため、我が家は暇 だ。義両親の代わりに親戚訪問すれど 長居はせず、形式的に済ませている。 ところが、今年は珍しく義両親がKL で新年を迎えると言い出した。義母は 張り切って我が家に乗り込み、大掃除 や改装の指示を飛ばす。義母は信心深 いが、義父は無神論者。外国人妻であ る私に干渉してきたことはほんどない のだが、正月飾りを終え、来客用にお 菓子を焼いていると、義母が「春節の 風習が好きなの?」と目を丸くし、「今 まで気になっていたんだけど……」と 風水に沿って我が家の物の配置をどん どん変え、「ラッキーカラーは黄色よ!」 と満足そうに帰っていった。慌てて黄 色い物を揃え、大晦日を迎えた。

Clipboarder.2015.03.28-003  一般的に大晦日は家族と過ごす。お 袋の味、正月料理、レストランで豪華 に食卓を囲むなどそれぞれ。年末年始 の風物詩「魚 イーサン 生」は、マレーシア独自 の風習だ。縁起のいい言葉を掛け合い ながら魚生を箸で高々と持ち上げ、か き混ぜてお互いの幸運を祈る。正月中 何度食べることか……。我が家は夫の 友人家族と食事し、彼らと年明けを迎 えた。 11 時 45 分頃からフライング気味 で花火や爆竹が鳴り始め、爆音が深夜 まで続く…。

初一(元旦)。義父がご飯を用意し、 家族や親戚が実家に集まった。紅包(ア ンパオ=お年玉)を配るのは嫁の仕事 だが、未婚者なら同年代にも渡さねば ならないのが毎度気まずい。親戚、友 人、友人の子のほか、来客、訪問先 で見かけたまったく知らないこども、 ガードさんやメイドさんなどにも、と にかくばら撒く。実家の訪問者数は多 く、部屋が汚れ、ごみも出るが、元旦 は掃き掃除やゴミを出すと福も出て行 くというのでじっと我慢。

初二(2日目)は我が家に親族が集 まり、BBQ、花火、爆竹、ブラック ジャック大会と盛りだくさん。深夜 まで残ったいとこや叔母と大騒ぎの深 酒。年に一度の無礼講。

初三、四は友人と集いのんびりと。 初五、夫は会社を開け、爆竹だけを鳴 らしに行った。福の神が降りてくる吉 日なのでお金の神様を賑やかに歓迎す るためだ。初七、こどもの学校が始まっ た。この日、仕事初めには忌日らしく 夫は翌日より出勤。

初八の晩は、CNY中で最も賑や かではなかろうか。初九は拜 パイティエンコン 天公と いう福建人にとって大切な日。明朝時 代、福建人の集落が盗賊に襲撃され、 村人達はサトウキビ畑に隠れ逃げ、天 公(空の神様)に無事と平安を祈った。 暴徒があきらめて引き返したのが初九 だったので、初八の晩はさとうきびを 飾り、豚の丸焼きなどご馳走を屋外に 供え、紙でできた財宝や大船を家の前 で焚き、天公を拝むのだそう(諸説あ りますが)。ウチは客家と広東の一家な ので福建の友人宅に伺い参加するのだ が、平日だというのにまだまだCNY ムードは消えず、特に花火が盛大で末 娘の夜泣きが酷い晩であった。

こうして、3月5日、 15 日間の長い CNYが幕を閉じた。今年は些細な習 慣や運気アップの豆知識を義母から伝 授され、晴れやかな新年を迎えたけれ ど、果てさて、その効果やいかに?

利秀

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