2018年2月-故郷

 日間帰省した。毎年同様、長女と長男は私の母校で体験入学をした。1学年に1クラスしかない学校なので、5回目ともなると公園で遊んでいるとこどもの同級生が、「お、帰ってきたん! いつから学校?」と話しかけてくれる。市内の小学校では全校生徒が千人前後在籍するなか、私の母校はなぜか生徒数が少ない。決して田舎ではないのだけれど…。近所でも「利秀ちゃんとこ帰ってきてるのね!」と、たちまち噂が広まる。息子のクラスメートの親には私が知る先輩後輩もちらほらいて懐かしい。
 長男のクラスは初日が参観日で、英語の授業を見させてもらった。果たして、この英語教育は役立つ日が来るのであろうかと疑問であった。最終日にはバカでかい寄せ書きをもらったのだが、きちんと思いが伝わるメッセージから支離滅裂なものまで幅広く、英語より国語を頑張った方がいいのではと思ってしまった。まあ、日本もマレーシアも教育は良し悪しがありますな。あ! あの寄せ書き、実家に忘れてきてしまった…。
 私の30年来の幼なじみの一人は地元でオシャレなお洋服屋さんをしており、帰省時はしょっちゅう店先でお茶をご馳走になる。おいしいお菓子を出してくれるもんだから、娘たちも必ずついて来る。幼なじみのお母さんは私の母と昔からの友だちだ。だから地元に帰ると私もこども時代の記憶が一気によみがえる。ちなみに、幼なじみの妹は私の妹の親友でもあり、彼女は現在KL在住。なんとまぁ、世界は狭いもんである。
 帰国時には必ず小学校の恩師と幼なじみと飲み会をする。一緒のクラスだった友人が現在、私の恩師が校長を務める小学校に勤務していることが分かった。恩師は「学校へ遊びにおいで!」と誘ってくれた。断る理由はない。さっそく学校を訪ね、友人と20年ぶりの再会を果たすことができた。お互い歳はとったものの、変わりないノリで話に花が咲く。地元っていいなぁと帰省の度に思うのだが、今回はさらに強く思った。
 もう一つ、今回の帰省で大きな思い出となったのは、妹夫婦が英国から2年ぶりに帰省し、生後6ヵ月の甥と初めて対面できたこと。
 自分がこどもを産んだ時は大きな変化を感じなかったのだが、小さな甥が一人増えるだけで、一気に家族が華やぐのが不思議。普段、しっちゃかめっちゃかなわが子を見ていて「子どもは煩わしい」と時に思うのだが、「子は鎹」と言うように、夫婦だけでなく家族みんなが優しくなれるものなんですね。
 私はそろそろ人生の半分が日本、半分がマレーシアという歳になった。成人し、大学を卒業してすぐ来馬したので、社会人として日本で過ごしたことがなく、私が知る社会の常識はマレーシアでのこと。ローカルの友人から「マレーシアだとこうだが、日本だとどうなの?」などと聞かれると、即答することができず、ネットなどで調査したのちに、「日本だとね…」と答える始末。そんなわけで「自分は何人なんだろう?」と、ふと思うことがある。
 しかし、どんなに風景が変わろうが、いつ帰っても地元は自分の足跡が残る場所。私の原点がそこであることは明確だ。遠く離れた場所で生活しているからこそ、「地元=故郷」への思い入れがあり、幼いころの記憶が鮮明に残っているのかもしれない。「Balik Kampung(里帰り)」っていいですね!

利秀

2018/01/24 | カテゴリー:KLのらりくらり徒然草

このページの先頭へ