2011年1月-砂糖農園の栄枯盛衰

マレーシアのプランテーション(農園)は現在、ゴムとパームヤシがほとんどを占めている。しかし、19世紀以前にはさまざまな農産物が農園で栽培されていた。現在はその面影が残っていないが、今回はゴム農園が始まる直前まで存在した砂糖農園を概観する。 

農園と英国人 

 砂糖農園は、18世紀からすでに現在のペナン州バトゥ・カワン地区で中国人により経営されていた。農園を営む中国人はほとんどが中国南部からの潮州人だった。潮州地域では当時、砂糖の生産が盛んで、新天地で事業をするため、この地に居を構えた。その数は数百人で、砂糖は主にペナン島周辺地域などに売られていた。潮州人の農園数は同地区で1840年代までに80を超えていた。

 1833年に英国議会で奴隷廃止法の可決に伴い、労働者不足が深刻化したことから砂糖の国際価格が高騰。このため、モーリシャス諸島などの英国人らがペナン島やその対岸のウェレズリー州に砂糖農園を開園。マングローブを利用して運河を作り、サトウキビを船で運送する方法をとるなどして、コストを削減させた方策も取られ、厄介な農園内での運搬方法を見事に解決し、画期的な方法として注目された。

 1860年当時の中国人の農園面積はわずか1000エーカー以下だったが、英国人らの農園面積は1万エーカー以上にのぼり、30年ほどで中国人農園面積を大幅に超える勢いとなった。 

協力体制で勢いづく 

 中国人や英国人らはその後、ウェレズリー州からぺラ州にも農園を拡大。中国人の砂糖は当初、近隣住民向けのみに生産されていたが、英国人らの参入で世界経済に組み込まれ、ペナン港から主に英国への輸出が年々増加していった。

 農園開拓には、ジャングルを切り開き、草の根まで除去し、野焼きをする。水はけをよくするための排水溝を作った後にサトウキビを植える。収穫は植え付けから14〜18ヵ月後となる。この収穫までの作業が最もコストがかかり、平均2.5ヘクタールにつき1人の労働者が必要で、一つの農園だけでも数百人の労働者が従事し、莫大な費用がかかった。

 中国人の農園では18世紀から伝統製法を用い、砂糖やラム酒を製造していた。それは、水牛などを使ったローラーでサトウキビを潰して液体化し、それを煮沸して砂糖を作る非効率的な製法だった。一方、英国人らはすでに西インド諸島などで使われていた最新の機械を使った製法で砂糖を生産。加工工程では少人数で作業ができ、コストもかからず、効率的な方法で生産していた。しかし、栽培から収穫までの工程の人件費は負担が大きく、英国人経営者も頭を痛めていた。これを打開したのが、中国人と英国人らの契約制度の導入だった。

 輸出の増加で中国人経営者も加工工程の改善を迫られたが、機械導入には莫大な費用がかかり、資本がない。伝統製法ではすでに競争に打ち勝てないことは認識していた。一方で英国人経営者らは栽培工程では安価な季節労働者のみが必要で、さらに中国人労働者をコントロールするのは難しいと判断。ここで両者の利害が一致し、英国人経営者らは中国人労働者と契約を締結。農園内の決められた区画内で栽培させ、収穫時に契約で定めた価格で買い取るという方式をとった。また、中国人経営者らは自分の農園で収穫したサトウキビを英国人農園に納入して加工工程を任せるやり方も取られ、マレー半島は世界でも有数の砂糖生産地となった。 

移民増加による消失

  砂糖農園の増加で労働者数も増えていく。コーヒー農園やスズ鉱山にも移民が入ったことから砂糖農園のみの労働者数を割り出すのは難しいが、少なくとも数千人がこれに従事していたと見られる。移民者数の増加に伴い、マレー半島内で自給自足が賄えなくなり、コメの輸入量も増加。植民地政府はこれを打開するため、田んぼの拡大に力を入れ始める。

 砂糖農園の土地は、もともと田んぼであったところを買い取って開墾したところも多く、そのため農園周辺では稲作農民がコメを栽培していた。

 しかし、農園の運河が水を堰き止めることから、水を多く使用する周囲の田んぼに影響が及び、農民は植民地政府に苦情を申し立てたことから、政府は砂糖農園拡大を抑制する政策を打ち出した。

 また、20世紀前夜から自動車産業の発展で世界的なゴム需要が増えたため、植民地政府はゴムの栽培に力を入れ始めた。労働者不足に苛まれ、農園周囲との問題もあって、板ばさみになった砂糖農園の経営者らは次々と農園経営を断念。経営者らは砂糖をやめてゴムやココナッツの栽培に切り替え、ウェレズリー州では1890年に12軒を数えた農園数が、20世紀に入ると一桁に減少し、1914年には最後の砂糖農園が閉園し、マレー半島からサトウキビ栽培が姿を消した。そして、これと同時にゴム栽培の時代が本格的に到来することとなった。 

 葉一洋

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